第285回 移民局のサーヴィスは向上しています

  フィリピンでは、まだ、小売業でのサーヴィスに不満を覚えることが少なくありません。
  7年間以上住んでみて感じるのは、企業による店員(社員)教育がいまでも正しく行われていないようだ、ということです。
  客がいないと見ると店員同士が雑談しつづけるデパートメントストアー。何かトラブルに出くわしたキャッシアー(レジ係)が、並んで待っている客に何の説明もしないで持ち場を離れ、しばらく戻ってこないだけではなく、戻ってきても謝らないスーパーマーケット。客の顔を見ないで、無愛想に「イラッシャイマセ」「カム・アゲイン」などとウェイトレスたちが言うレストラン。
  7年前と少しも変わってはいません。
  店員(社員)教育が正しく行われていない理由の一つは容易に推測できます。小売業のほとんどの店員(社員)は正規に採用されているのではない、ということです。非正規被雇用者は、(それが短期間であっても、とにかくいくらかの収入を得る機会をできるだけ多くの若年労働者たちに与えよう、という暗黙の総意が企業側にあるからなのでしょうか)そのほとんどが5か月契約といったような短期契約で働いているのです。1年間を超えておなじ職場で契約を更新できる者は(わたしが傍から見るところでは)実に稀だといえます。
  長期間にわたっては再契約しないことが分かっている店員(社員)たちに、十分な時間と費用をかけた教育を、あなたは施します?
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  フィリピン中がそんな状況にあるのに、少なくとも移民局のサーヴィスだけは、徐々にではありますが、良くなってきています。
  8月7日に、移民局に出かけて、観光ヴィザの有効期間を延長してきました。フィリピンに再入国したのは6月中旬でした。最初の延長手続きはその後21日以内にしなければならないという規則がありますから、8月になってからの手続きは、再入国からは二度目ということになります。
  このあとは、次にこの国を出るまで、規則に従って、2か月ごとにおなじことをくり返すわけです。
  5月に初入国したあと9月に一度日本に戻った2006年と、2月に台北旅行をした2010年とは、1年間に二度フィリピンを出ていますし、それ以外の年も、年に一度は(5月か6月に)日本を訪問してきました。つまり、移民局を訪れてヴィザの延長手続きを行った回数はこれまでに50ほどになっているわけですね。ですから、移民局がどういうサーヴィスを行うかについてはとうに慣れきっていて、窓口の前で戸惑うことはないはずなのですが…。
  かならずしも、そうではありません。というよりは、特にここ数年間に関していえば、ほとんど移民局を訪ねるたびに、そのサーヴィスのやり方の一部が前の回とは異なっているのです。
  8月7日の延長手続きにも、その38日前の前回とは異なっているところがありました。延長申請書類をそろえ、手続き料を支払い、書類とパスポートを提出したあとの、ヴィザ印が押されたパスポートが手元に戻ってくるまでの時間のかかりようでした。前回までは1時間待たせられていたのが、今回はわずか20分間ですんだのです。…これは実に大きな改善です。
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  だって、2006年には「5時間待て」と言われていたのですよ。
  5時間待ちとなれば、おとなしく待合所で待ち続けるか、どこかに出かけ買い物などで時間をつぶしてくるか、翌日以降に出直してくるか、というような選択肢の中から一つを選ばせられることになったわけですが、いずれにしても、申請者たちは、かなりの不便と忍耐を強いられる状況に置かれていたわけです。
  ただし、この「5時間」には“裏”がありました。身分証明カードを首から下げた移民局の正規職員のうちの誰かが(いま振り返れば、いくらか怪しげな目つきで)「だが、1000ペソ余計に払えば1時間ですませてやる」と声をかけてきていたのです。
  そのうちに、おなじように「1時間ですませるように取り計らってやる」という“旅行業者”が、やはり身分証明カードをぶら下げて近づいて来るようになりました。当時は、移民局の、狭い、人で溢れかえっている待合場所に、そんな“旅行業者”が何人も(いま思えば、やはり、いくらかは怪しげな目つきで)徘徊していたのです。
  移民局職員による“1時間への短縮斡旋”が違法であることが(確実に)分かったのは、何年か過ぎたころに「手数料1000ペソを渡すところをカメラで捉えられたらまずいので、場所を変えようと」職員に言われたときでした。
  “旅行業者”もそのうちに姿を見せなくなりました。
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  狭苦しかった移民局の大改装が終わって、窓口(と待ち合い用の椅子)の数が大幅に増えたときからは(怪しげな)“斡旋”を経ないでも、申請者へのパスポート手渡しが「一時間」後に行われるようになりました。
  不正行為ではあったようですが、2006年の段階ででもすでに、やろうと思えば、ヴィザ印が押されたパスポートを「1時間」で延長申込者に手渡すことができていたのですから、極度に大掛かりな改善作業が必要だったとは思えませんが、それでも、申請者を5時間も待たせてはいけない、という合意が移民局内に生まれた結果として、担当職員の増員や手続きの簡素化などが行われたことは間違いありません。
  その大改装後には、迅速なサーヴィスのための“裏金”を求める“斡旋”職員も姿を見せなくなっています。
  大きな改善、進歩です。
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  いや、いや、大改装後にも、ここも改めるべきだ、という事例は数多くありました。特に顕著だったのは、それぞれの窓口に並ぶ手続申請者の列の長さにひどい不均衡があったことです。申請受付窓口、手数料支払い窓口、書類とパスポートの提出窓口、その受け取り窓口の数のバランスが取れていなかったのです。
  列の長さを見れば、どこを改善しなければならないかはすぐに分かりそうでしたが、たとえば、それまで一つだった、書類とパスポートの提出窓口とその受け取り窓口を分けて二つにするだけにでも、一年ほどはかかったはずです。
  それでも、移民局は試行錯誤をくり返しながら、そんな状態を是正してきました。改善しようという意欲を持ちつづけていた、ということです。
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  ヴィザ印を押してパスポートを延長申請者の手に戻すまでにかかる時間を1時間から20分間に短縮するためには、印を押す権限を持つ職員の増員が必要だったでしょうし、そのための人事異動や配置転換も移民局は行ったかもしれません。
  7年間はかかりましたが、移民局は5時間でやっていた仕事を20分間ですませられるところまで業務改善を成功させてきたのです。
  “汚職”の追放ででも大きな成果を挙げてきているように見えます。
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  フィリピンのあらゆる業種、あらゆる職場が、移民局のこんな改善ぶりを見習うべきです。
  見習えば、フィリピンは総体としてもっと良くなります。経済的にももっと発展します。
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  移民局の改善が、クリーンな政治家だと国民に広く信じられている“ノイ・ノイ”アキノ氏が大統領に就任してから急速に進んでいるという事実にも注目したいところです。
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