第284回 その 「日系(人)住民」というのはだれのこと?

  意図的に事をあいまいにすることによって事実を隠す、歪めるというのは卑怯者が得意とする“技”ですよね。
  次の二つの記事に見られる「日系住民」と「日系人住民」との場合はどうでしょう?
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  【慰安婦像設置に日系住民が猛反発、公聴会大荒れ 米・グレンデール市】(産経新聞 2013.7.13) <【ソウル=黒田勝弘】韓国の中央日報が12日、米国発で伝えたところによると、米カリフォルニア州グレンデール市で設置される予定の「慰安婦記念像」をめぐる公聴会日系住民の反対意見が続出し、公聴会は大荒れとなったという><報道によると公聴会には約20人の韓国系を上回る約80人の日系住民が出席した。今回の日系住民の抗議は地元の日系新聞が「慰安婦像の撤去を要求しよう」と呼びかけた結果という。慰安婦問題で日系住民の反発が伝えられるのは極めて珍しい>
  【米カリフォルニアにまた「慰安婦像」 日系住民や日本国内の反対全く通じず】(J-CASTニュース 2013/7/13) <米国・カリフォルニア州の町、グレンデールにいわゆる「慰安婦像」が設置されることが決まった><これには日本側、また日系人住民からの激しい反発があったものの、決定を覆すには至らず。「強制ではなかった」「日本に限った話ではない」などとする日本側の主張は、現地社会の理解を得ることはできなかったようだ>
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  二つの記事の見出しと中身を読んで最初に気がつくのは、「J-CASTニュース」が見出しでは「日系住民」と書きながら中身では「日系人住民」としていることです。「日系住民」と「日系人住民」という二つの言葉のあいだには違いがありはしないかと厳密には考えずに、いわば、安易に「J-CASTニュース」がこの記事を発信したことは間違いありません。
  では、どちらが正しい使い方になっているのか?
  「産経新聞」は「日系住民」で通していますね。こちら?
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  問題は「系」をどういう意味、意図で使っているかというところにあります。
  「現代国語例解辞典」(小学館)は「日系」をこう説明しています。「日本人の血統を引いていること。特に、日本以外の国籍を持っている人の場合に言う。〔日系アメリカ人〕
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  「産経新聞」の「日系住民」と「J-CASTニュース」の「日系人住民」は?
  アメリカの“日系人”の歴史を理解している人たちが、予見がない頭で上の二つの記事を見れば、まずは、「え?この〔日系住民〕〔日系人住民〕ってだれのこと?」と訝ることになるでしょうね。次に頭に浮かんでくるのは「〔日系住民〕〔日系人住民〕といえば“アメリカ国籍を得ている、日本人を祖先に持つ人たち”のことを指すはずだが、その大半は、明治からあと、対米戦争までにアメリカに移民し(て、多くは、その後アメリカ国籍を取得し)た“一世”と、アメリカ生まれの(自動的に市民権が与えられる)その子孫たちだよ。あの人たちが〔慰安婦像設置に猛反発〕ですって?」というようなことになるに違いありません。
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  なぜと言って…。
  いわゆる“戦後”になってからアメリカに移住してアメリカ国籍を得た日本人は、アメリカ(の、特に、“日系社会”)では“新一世”と呼ばれて、ふつうは、“戦前”の移民とは異なると見られています。“異なる”とされる第一の理由は、おそらくは、太平洋戦争中の“日本人・日系人の収容”を“新一世”が体験していないからだ、と思われます。アメリカという国への忠誠を“新一世”は“戦前”の移民のようには切実に試されていないからだ、ということもできるでしょう。
  つまりは、“新一世”と呼ばれる人たちの目は、傾向としては、アメリカよりは日本の方に向けられていることが多いというわけです。ですから、この“新一世”たち(とその子、孫など)の一部が慰安婦像の設置に反対しているという可能性はあります。しかしながら、このグループに属する人たちに、“戦前”生まれの二世、その子孫である三世、四世、五世などを含めたすべての「日系住民」や「日系人住人」を代表させることはできません。
  “新一世”と“戦前”の移民とその二世などとの相異はもう一点あります。太平洋戦争中に収容所暮らしを強いられたことについて“戦前”の移民とその二世などが、アメリカ政府から“公式に謝罪”され、一人2万ドルという金銭的補償も受けていることです。つまり、戦前”の移民とその二世などの多くは(まだ存命であれば)、日本政府が韓国の政府と国民からいまだに「韓国女性を慰安婦として徴用した」ことで非難されつづけていることに首を傾げているはずです。アメリカ政府にできた、誤解されようがない、誠実な“公式謝罪”と“補償”が日本政府にはなぜできないのか、という具合に。
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  いえ、“戦前”の移民とその二世などの中にも、“帰米二世”と呼ばれる、“戦前”に日本の故郷に送り返されて日本の“軍国教育”を受けたあとにアメリカに戻ってきた人たちのように、アメリカにではなく日本に忠誠心を抱いた日系アメリカ人もいるにはいました。まだ存命中の“帰米二世”の一部が慰安婦像の設置に反対していることも考えられます。しかしながら、この“帰米二世”は圧倒的な少数派でしたし、その子孫(アメリカ生まれの三世以降の日系人)は、わたしが知る限りでは、根っからのアメリカ人です。この範疇に属する人たちが総体として〔慰安婦像設置に猛反発〕しているとは考えにくいところです。
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  〔猛反発〕している可能性がもっとも高いのは、日本からアメリカに来ている“日本人”です。その中には、合法ヴィザで滞在している者や永住権保持者などが含まれるでしょうが、アメリカ国籍を得ていないのですから、彼らは「日系住民」でも「日系人住民」でもありません。ただの在米邦人在米日本人です。
  (「産経新聞」の記事の元である「中央日報」の記事には「80歳をはるかに超えた老人からグレンデールで生まれ育った二世、引退した教授や有名建築家までが発言台に立って」と数人の発言者が特定されていました。それを伏せたうえで、これらの人たちが「日系住民」「日系人住民」を代表しているかのように記事に書いて、それですませている「産経新聞」などの姿勢は、報道倫理に反してはいませんか?)
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  産経新聞の「日系住民」と「J-CASTニュース」の「日系人住民」というのは共に、仮に、〔慰安婦像設置に猛反発〕している勢力が正しい意味での“日系アメリカ人”にも及んでいると見せようという意図で故意に誤用されたものではないとしても、質が悪い間違いだと言えます。
  特に「産経新聞」は〔従軍慰安婦問題などはそもそも存在しない、だから、どこにしろ慰安婦像を設置しようという動きには反対する〕という意見を普段から示しているのですから、「日系住民」という言葉を使用することで、設置に反対する勢力を現実よりは大きく見せようという意図があったのではないか、という疑問に答えるべきだと思いますよ。報道機関としての良心があるのであれば…。
  (「中央日報」が〔米国カリフォルニア州グレンデールに設置される海外第1号の日本の従軍慰安婦少女像の除幕を控えて日系現地住民たちが激しく反発した〕と書いていることを言い訳にして、この〔日系現地住民〕に倣ったのだと言うようでは、日本の有力新聞の一つとしてはあまりになさけないのではありませんか?)
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  ところで、「産経新聞」が〔「慰安婦像の撤去を要求しよう」と呼びかけた〕という〔地元の日系新聞〕は「羅府新報」だと見て間違いありません。なにしろ、「地元」である南カリフォルニアには「日系新聞」はこの一社しかもう残っていないのですから。
  その「羅府新報」の「磁針」というコラムには、わたし自身も、半年ほど前まで、数年間に渡って、ほぼ月に一度、エッセイを書いていましたからこう言うことができるのですが、この新聞の日本語欄の編集長は「産経新聞」の社説ときわめて近い信条の持ち主だと思えます。しかしながら〔地元の日系新聞が慰安婦像の撤去を要求しよう」と呼びかけた〕ですって?
  たとえば、その日本語欄の編集長かほかの執筆者かが、コラム「磁針」を使って、個人としてそう「呼びかけた」というのだったら理解できるのですが、〔地元の日系新聞が「慰安婦像の撤去を要求しよう」と呼びかけた〕というのはどうでしょう?
  「地元の日系新聞」にすぎないにしても、一新聞社がその新聞社の意思として、そんな政治的な「呼びかけ」をするでしょうか?
  (「中央日報」の問題の記事には〔韓国人社会では元時事通信ロサンゼルス特派員の後藤英彦氏が現地日本コミュニティ新聞に署名コラムで“慰安婦の造形物撤去を要求しよう”と主張したのが今回の日系住民の抗議騒動を触発したと見ている〕とちゃんと書かれていました。「羅府新報」が「呼びかけた」かのように書いた「産経新聞」の意図は?捏造?)
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  事をあいまいにすることによって事実を隠す、歪める意図があったのなら、「産経新聞」は卑怯者と呼ばれても仕方がありませんよね。
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  「日系住民」の“日系”の意味を「日本人の血統を引いていること」に限ったのだ、というのであれば、それは“日系”の本来の意味をあえて歪曲するもので、やはり卑怯な“言い逃れ”というものです。
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  ところで、「産経新聞」が上の記事で「地元の日系新聞」と書いている「羅府新報」は、その発端が明治時代にまで遡る、日本人移民が始めた、現在ではアメリカの法律に従って“日系アメリカ人”によって経営されている(“アメリカ国籍を持つ”)企業です。ここでは“日系”という語が正しく使われています。