再掲載: 番外 「翻訳で遊ぼう」 “はてな?”集 =5=

<041>

  「(略)これはお遊び番組ではなく、テレビの法廷ドラマでもない」(P.14)

  “(略)This is not a game show, and it is not ‘The
People’s Court.’(略)” (PAPERBACK 0.207)

   陪審員の候補者たちに、コリノ判事が選考過程などについて説明しています。<a game show>というのは、たしかに「お遊び番組」ではありますが「ゲーム・ショー」のまま方が分かりやすいかもしれませんね。
  「テレビの法定ドラマ」というのは間違いです。<The People’s Court>というは、現実の、多くは中流(あるいはそれ以下?)に属する人びとの、小さな額のカネをめぐるトラブルなどを、テレビ中継される法廷で、本物の裁判官が解決してやろうという番組です。繰り広げられる、庶民同士の醜い争いが“見どころ”のようです。インターネットが使えれば、こんなことは簡単に調べられるのですが、この訳本が出版されたころはまだ…。

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<042>

  オフィスに戻ると、陪審員の意見を示す最新の世論調査の結果が届いていた。マンハッタン地区で起きた最近の重罪事件で陪審員を務めた人々の、大まかな傾向を統計的に見るために、世論調査員は三百人を選んで電話をしたが、そのうちの半数以上が答えるのを拒否していた。(P.19)

  Back at the office the results of their latest juror-
attitude poll were in. Of three hundred people the
pollsters had called, chosen to reflect a rough
demographic profile of jurors in recent major felony
cases in Manhattan, more than half had refused to answer
the questions. (PB P.210)

  「大まかな傾向を統計的に見るために」は正確ではありません。

  試訳:マンハッタンで最近開かれた重罪事件の裁判で陪審員を務めた人びとの(性別、民族、年齢、学歴、職業など)人口統計学上の特徴を大まかに反映するように選んだ三百人に調査員たちが電話をかけていたが、そのうちの半数以上は回答を拒否していた。

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<043>

  あいまいな世論調査に対するライアンのいらだちにもかかわらず、その数字は少なからぬ不安を掻き立てた。(p.20)

  Despite Ryan’s annoyance with the poll’s vagueness,
the numbers sounded more than a little scary.

  ここもかなり“翻訳調”ですね。<annoyance>は<困惑>あたりでいいでしょう。

  試訳:調査のあいまいさにライアンは困惑していたが、数字には<ちょっと恐い>ではすまないものがあった。

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<044>

  シスリイは黙って聴いていた。今、口を開いた。「彼はミスタ・ライアンとミズ・ミラーに対し、視線を合わせる回数や注意集中度で、高得点を取っている。検察側に対しては、中以下の得点です。あなたに対する答えで、文脈上肯定的な意味合いの言葉は、文脈上否定的な言葉より二倍多く現れています」
  「わたしが恐竜のように恐ろしいからじゃないか」ライアンは納得していなかった。「(略)」(P.46)

  Sisley had been listening in silence. Now he said.
“He scores high on eye-contact and engagement with Mr.
Ryan and Ms. Miller. With the prosecution he scores
middle to low. I noted contextually positive words twice
as often as contextually negative ones in his answers
to you.”
  “I guess I’m a dinosaur.” Ryan said, unconvinced.
(PB P.223)

  辞書を引いていればこんなひどい誤訳はせずにすんだはずです。この訳本の中のトップクラスの間違いです。
  「恐竜」がポイントですから、「出た!」というところでしょうか。
  Sisleyというのは陪審員選考に関する専門家です。すでに終わった選考過程で、どの候補者が弁護側に同情的な考えを持っていそうかなどを、ライアンやミラーと話し合っています。シスリイは陪審員候補者の発言内容、しぐさなどを細かく分析して、自分の意見を述べています。
  長年法廷に立っていなかった、つまりは、陪審員選考専門家などがまだ重宝されていなかったころに法廷を離れていたライアンが<I guess I’m a dinosaur.>とつぶやきます。「英和中辞典」(旺文社)にはありませんが、「リーダーズ英和辞典」(研究社)にはちゃんとこう説明されています。「大きすぎて役に立たない〔時代遅れの〕人〔もの〕」。
  日本人は<シーラカンス生きた化石>をおなじような意味で使いますよね。
  「わたしが恐竜のように恐ろしいからじゃないか」では何のことだかまったく分かりませんよね。

  試訳:シスリーは無言で聞いていたが、ここで口を開いた。「あの人物は、ライアンさんとミラーさんへのアイ・コンタクトと同感という点で高い点を上げていました。検察官については、中ぐらいから低い点でしたね。あなたへの答えの中で、あの人物は、文脈上肯定的な言葉を否定的な言葉の二倍使っていましたよ」
  「どうやら僕は(恐竜のように、絶滅したも同然の)ずいぶん古い弁護士のようだな」。ライアンはそう言ったものの、シスリイの(最先端の科学を装った)説明に納得してはいなかった。

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  「合理的な疑い」日本語版文庫本の下巻P.46までやっとたどり着いたところですが、真打クラスの間違いも出てくれました。<遊び>に少し疲れてもきました。ここで一旦休憩することにします。後日また気が向いたら、残した下巻のペイジを見てみることにします。

  お疲れさま!!  

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