第303回 「利用者第一」にはまだ遠く…

  1月中旬から我が家に滞在して、日本の真冬の寒さを避けていた兄夫婦が、2月7日に福岡の自宅に戻りました。日々の最高気温が大方は30度を超えていたマニラでの3週間のあとに飛行機から降り立った福岡の気温は6度だったということです。
  その翌日、8日は、関東地方などで「数十年ぶりの大雪」となったそうですね。
  メトロマニラのレストランなどで出会った、日本のことに興味がある、あるいは、日本のことを多少は知っている何人かのフィリピン人に「日本はいま、寒いのでしょう?」と尋ねられた兄夫婦は「寒い、寒い!」と答えてはいましたが…。
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  さて、兄夫婦の今回の“避寒旅行”中には、二つのリゾートを訪ねました。メトロマニラの外縁といった所にあるリサール州の「サンダーバード・リゾート・リサール(Thunderbird Resort Rizal)」とバタンガス州アニラオにある「シーズ・スプリング(Sea`s Spring)」の二個所です。
  「サンダーバード・リゾート・リサール」は、おととしと去年に訪ね、皆が気に入っていた、ラ・ウニオン州サンフェルナンドにある「サンダーバード・リゾート・ポロポイント」の“姉妹リゾート”です。「ポロポイント」が、途中での休憩や食事の時間を含めると、マニラから7時間ほどもドライヴしなければ行きつけない場所に位置しているために、今回は「ちょっと楽をしよう」と近場の方を選んだ、というわけです。もっとも、交通事情よければ1時間余りの所要時間でたどり着けるはずのリサールのこのリゾートに到着したのは自宅を出てから2時間ほど過ぎてからでしたが…。
  「シーズ・スプリング」は数年前にも一度訪ねたことがある、“海の温泉”を特徴としているリゾートです。今回が二度目ではあったのですが、前回はバタンガス州の西側海岸部からの道をたどったのに対し、今回は東北側のバタンガス市の方から訪ねたもので、道路の両脇の景観が違って見えて、途中で何度か進路を誤ってしまいました。
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  いずれにしても、ルソン島内を、それも長時間にわたって、ドライヴ旅行するのはかなり骨が折れることです。
  「ちょっと楽をしよう」と思ったり、何度か進路を誤ったりしたのには、いくつかの理由がある、ということです。
  第一は、バスやジープニー、タクシーなどのプロ・ドライヴァーたちの“われ先に”の運転マナー。“マイカー族”のマナーも自然に彼らに倣ったものになっています。たとえば…。道路の混雑・渋滞がひどくなってくると、車のアタマの突っ込みあいが激しくなります。(フィリピンでは車両は右側を走行しますが)片側3車線のセンターレインからの“右折”なども珍しくはありません。だれもが他人よりも先に行きたがる“われ先に”の運転が普通のことになっているわけですね。それでも、見た目の“乱暴運転”の割には事故が少ないように見えるのは、つまりは、「自分とおなじように他人も“われ先に”の運転をしているのだ」ということをだれもが熟知し、十分に警戒し合っているからなのでしょう。…ですから、わたし自身の“安全運転のコツ”も「フィリピン人ドライヴァーたちとおなじように“われ先に”の運転をする」ということになります。“彼らの流れに沿って運転する”わけです。おそらくは、その運転“哲学”が正しいのでしょう、そんな状態のフィリピンでの運転暦7年余りで、サイドミラーが接触し合うなどといったことは何度かありましたが、交通事故はまだ起こしていません。
  第二は道路の構造や状態。恐ろしいことに、走っている車線が、予告掲示板もなしに急になくなったり、日本では考えられないような大きな陥没が道路の真ん中にあったりすることがあります。
  そのことは、ルソン島内のドライヴを困難にしている第三の理由と密接に関連しています。ドライブ旅行者、それも外国人運転者にとっての最大の“障害”=“道路標識などの不備”がそれです。
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  フィリピンでは、メトロマニラ内でも、まだGPAを使ったカーナヴィゲイション機能を搭載している車両はあまり多くはないように思われます(道路がいったん混み始めると、ナヴイゲイションどおりには車を進めることができない、という事情もあるのかもしれませんね)。2007年型のわたしの車もそれを備えていません。ですから、道路上に車を乗り出し、道を誤ることなく目的地に行き着くためには、適切な場所・位置に正しく設置された道路標識、案内・警告板などがどうしても必要なものとなります。
  ところが、現実は…。
  たとえば、先での工事を知らせる案内・警告板を300メートル、100メーター手前に見かけることはまずありません。目立たない案内・警告板が工事現場の30メーター手前にあればいい方でしょう。交通が激しい道路での工事なのに、工事関係者の安全を確保し車の流れをいたずらに滞らせないための“旗振り人”がいないことも珍しくはありません。
  主要道路の大きな交叉点についても、標識がやっと見えてきて、そこをどちらに曲がるべきかが分かったときにはもう直進することしかできない、といった状況になることが少なくありません。何度もそういう目に合うと、「ドライヴァーがあらかじめ車線を変更しておけるように、手前の適切な場所・位置に正しい道路標識を備えておこう」という発想が道路管理当局にはそもそもないのだろう、と思ってしまいます。
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  そして、そういうところが、実は、経済的には大発展中のフィリピンがいまでも抱えている、普遍的な、大きな問題でもあるようです。「自分がこうすると、あるいは、こうしないと、だれかが困るのではないか、だれかに迷惑をかけるのではないか」という発想がフィリピンでは、一般的に、多くの状況下で、希薄なのです。サーヴィス部門に限らず、「利用者第一」あるいは「利用者の立場に立って考える」という態度がまだ十分には行き渡っていないのです。…アメリカや日本の状況と比べると、どうしてもそう見えてしまいます。
  道路交通に関していえば、どこをどう改善したら渋滞が少なくなるだろうか、車の流れがよくなるだろうか、安全に運転してもらえるだろうか、などということをフィリピンの警察、交通局、道路管理当局などが“利用者の立場から”真剣に考えているとはとても思えないということです。
  現実を知る。衆知を集める。創意を深め、工夫を重ねる。
  好調な経済に支えられてのことでしょう、メトロマニラではいま、インフラストラクチュアーの改善・整備が着実に進められているようです。ただ、それも「自分がこうすると、あるいは、こうしないと、だれかが困るのではないか、だれかに迷惑をかけるのではないか」という発想で行われているようには見えません。いたるところで、工事・作業がかなり無秩序に行われているのです。
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  フィリピンは、経済的には潜在能力にあふれた国だと思います。物事を進めていく、あるいは、解決していくための発想を変えれば、その能力を急速に花開かせることができるに違いありません。
  あまり時間をかけずにいまの道路交通事情が改善できるかどうかは、その試金石の一つだと思えます。
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  滑らかなドライヴ旅行を外国人が楽しめる国。
  フィリピンにはいつかそんな国になってほしいものだと、二つのリゾートへの小旅行の途中に、何度も感じました。
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