第221回 フィリピンで白内障の検査を受ける

  白内障の正式な検査を66歳の誕生日にマニラ首都圏で受けました。半年ほど前に帰省先の福岡で眼科医に「いますぐ手術を受ける必要はないが、遅かれ早かれ、そのときが来る」と言われていましたし、特に右目では、視界がかすむ状態のために車の運転に、わずかとはいえ、支障を感じ始めてもいましたから、誕生日を“受検記念日”にしようと思いついたわけです。
  検査を受けたのは、わたしが住んでいるマカティ市内にあるAsian Eye Instituteという眼科病院です。インターネットで検索して、自宅に近いから、という理由でここを選びました。
  いえ、選びはしたものの、ここがどんな病院であるかについてはまったく知識がありませんでしたので、誕生日当日は、実は、まずは病院の様子を見て、良さそうならば受検の予約をすることにしよう、というつもりで出かけた、というのが本当のところです。
  病院が入居しているビルがあるのはロックウェルと呼ばれる、どちらかといえば、高級ビジネス地区で、ビルそのものも立派なら、その9階にある受付・待合所の構えも国際的なクラスに属するもののように見受けられました。
  フィリピンの病院というのは、アメリカの制度を取り入れて、個々の医師が病院側が管理する施設と設備、それに事務員を含めたスタッフを使わせてもらうという形で経営されています。ですから、病院内にはさまざまな専門医がいます。その専門医たちのほとんどは複数の病院と契約し、曜日を違えてそれぞれの病院で診察したり手術を行ったりしますから、ある特定の医師に診てもらいたければ、予約しておかなければなりません。きょうはたまたま時間がとれたからといって病院に足を運んでも、担当医が不在だということもありえるわけです。
  白内障の検査を受けたいと受付で伝えたところ、「白内障の専門医はいま手があいていません。一時間ほど待ってもらうか、いまは予約だけにして、後日に出直してもらうしかありません」という返事でした。初めからそのつもりでしたから、予約したいと言うと、係は「ちょっと待ってください」とわたしを制して、コンピューターのキーを操作し始め、すぐに「30分間ほどですみそうです。待ちますか?」と尋ねてきました。
  ジャケットを用意していなかった、寒がりのわたしには、病院内の温度が低すぎるのは分かっていたのですが、「そういうことなら待ちましょう」と返事をしてしまいました。「まあ、きょう検査を受ければ“受検記念日”が本物になる」という思いもあったわけですね。
  そのときが午前10時20分。検査や診断のあいだの待ち時間を含めて、それから3時間余り。体の冷えと戦いながらの受検がつづきました。
  (いずれも両目を対象とする)助手による予備的な視力検査に始まって、(記憶に誤りがいくらかあるかもしれませんが)総合的な目の健康状態の検査、白内障手術担当医による診察、正確さを期すためにというので三人の看護士(と思われる女性)がおなじことを繰り返して数値を測りだした“眼球”検査、専門医による視力検査などがつづきました。
  それまでに集められた各種の検査結果を見ながら手術担当医がわたしに説明を始めたのは午後一時に近いころでした。
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  医師が説明してくれたところを箇条書きにしますと…
  *右目の手術はできるだけ早く受けた方がいい
  *左目も、間をあまり置かないうちに手術を受けることを勧める(両目を同時に手術することはない)
  *最新の白内障手術は、濁っている水晶体全体を超音波で細かく砕き、それを吸引排出したあとに、人工水晶体を挿入するものとなっている
  *砕いて吸引排出するまでには、片目につき、12分間から15分間、人工水晶体の挿入には1分間ほどしかかからない
  *すこぶる安全な手術である。手術後に自分でする手当ても、目薬をさす程度で、とくに難しいことはない
  *ただし、(手術前の検査では分からないので厄介な問題であるが)水晶体を包んでいる膜の一部が破損していることがある
  *この膜が破損していれば、人工水晶体を挿入することができないので、この破損をまず修復しなければならない
  *この修復は、白内障専門医にはできないので、他の二分野の医師の助けを借りなければならない
  *濁った水晶体を取り除いたあとでなければ、破損は発見されないので、事前に、この二分野の医師に待機してもらうことになる
  *白内障手術に耐えられることを確認するために、66歳という年齢の患者には、(外部の病院で)心臓専門医による診断を事前に受けてもらう(その医師は紹介する)
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  手術担当医の説明のあとに、料金計算係の部屋に移って、初めて、それだけのことをやってもらうと、いくらぐらいかかるかを聞きました。
  保険なしで、片目につき7万5000ペソということでした。およそ15万円ほどです。
  あとでインターネットで調べたところによると、3割自己負担の保険を使うと、日本では4万円から5万円ほどだそうですから、実質的には、日本とフィリピンのあいだに手術料金の違いはないようです。まあ、考えてみれば、診療・検査・手術器具などの購入価格は国際的にほぼおなじでしょうし、受付エリアの壁に掲げられている医師たちの資格証明書によれば、この病院の医師のほとんどが、東部アイヴィーリーグを含めたアメリカの大学で学んだエリートです。彼らが求める診察・手術料金が国際的なものになっていてもおかしくはありません(フィリピン人の何パーセントがこれだけの費用を負担することができるのだろうか、という思いはいまでも一方にあるのですが…)。
  さて、問題は、水晶体を包む膜が破損していた場合でした。他の二分野の二人の医師が行う修復手術の費用は、白内障自体の手術費用ほかに、片目で13万ペソほどかかるということでした。およそ26万円です。
  運が悪いと、片方の目で40万円を超える費用になるわけです。左目もできるだけ早く、という医師の意見でしたから、運がもっと悪いと、両目で80万円ほどを支払うことになります。
  同時に手術を受けることはありえませんが、両目がともに最悪の状態になっていた場合でも、国民健康保険が使えれば、日本では、合わせても25万円前後の出費ですみそうです。
  フィリピンに長期滞在するためのヴィザに関する規定で、どうせ一年に一度は外国に出なければなりませんので、次に日本に帰省したときに手術を受けようと考え始めてます。そうですね、ハーヴァード大学で資格を得た医師と同等の知識と技術をもっている日本人医師に出会うことを期待しながら…。
  Asian Eye Instituteという病院は、こう言ってしまってはかえって礼を欠くことになるかもしれませんが、フィリピンの組織としては、思いのほかに効率よく運営されているようでした。それを知っただけでも“貴重な体験”だったと言えそうです。こんなところも、やはり、あるのですね。
  この日にわたしが病院に払った料金は3600ペソ(およそ7200円)でした。そのうちの2500ペソが病院の、1100ペソが白内障専門医の取り分となっていました。
  そうそう、低すぎた室温。…新たな調べのために部屋が変わるたびにスィッチを切ってもらってなんとかしのぎ通しました。