再掲載: 番外 「翻訳で遊ぼう」 “はてな?”集 =4=

<031>

  「よくやった。次ぎはそれを立証する方法を見つければいいだけだ。誰か信用の置ける人間で、証言できる者を探そう」
  ミラーが顔をしかめた。「やってみたら、ライアン、わたしを危険にさらして」(P.320)
  
  “Great. Now all we need is to find a way to verify
it. Get somebody credible who can testify to it.”
  She made face. “Go ahead, Ryan, rain on my parade.”
  (PAPERBACK P.167)

  ネッドの抵当融資ビジネスと麻薬取引の大物オリヴェラとを結びつける何かをミラーは、コンピューターを駆使して長時間調べていました。二組の結びつきが見つかったところです。たしかに
<Great>といえる成果です。
  ところが、ライアンはたちまち<立証する方法>を見つける次の仕事に頭を奪われてしまいました。そこでミラーは<顔をしかめた>のですが、それは自分が<危険にさらされる>からだったでしょうか?危険にさらされるとなぜミラーは考えたのでしょう?ライアンにもっとほめてもらいたかったのでは?
  <rain on my parade>の<my parade>というのはミラーがいま挙げたばかりの成果のことを指しているべきです。
  <rain on>には「(俗)文句をたらす」という意味があるそうです(「リーダーズ英和辞典」研究社)。

  試訳:(略)「どうぞ、そうしたら、ライアン先生、発見を喜ぶ間をわたしに与えもしないで…」

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<032>

  (略)ライアンはオリヴェラの話をした。「すぐそれにかかってくれ」
  「了解。明日そっちへ盗聴器の掃除に誰かを行かせる。もっと前にやればよかった」
  「わかった。しかし一緒に掃除されちまったら困るな」
  「もっと怖い掃除の仕方だって考えられるさ。大物麻薬ディーラーを相手にしているからな」(P320)

  (略)Ryan told him about Olivera. “Get the wheels
turning on it right away.”
  “You got it. And I want to get somebody in there
tomorrow to sweep for bugs, Should have done it long
ago.”
  “Okay, but I don’t want to get carried away with
it.”
  “I can think of worse ways to get carried away.
We’re talking about serious drug dealers here.”(PB P.167)

  <030>のつづきの場面です。電話をかけてきたロレンスにライアンがミラーの発見を伝えたところです。
  ここの問題個所は<get carried away>です。二個所あります。この二つの<get carried away>は、言葉は同じなのに、異なった意味で使われています。翻訳に工夫がいるところですが、訳者はこれをただ<掃除される>と解釈しています。この訳者は辞書を引くのがずいぶん嫌いなようです。「英和中辞典」(旺文社)には<(比ゆ的)…の心を奪う、…を夢中にさせる>などという説明もちゃんとありますし、<(物・人命)を奪い去る>もあります。それを活かして訳せばよかったのですが…。
  また、<Should have done it long ago>についてはやはり<ずっと前にやっておけばよかった>と<should have 過去分詞>に忠実に訳してほしかったと思います。

  試訳:(二行略)「分かった。だけど、そんな(盗聴されているんじゃないかみたいな)ことに気を奪われてしまいたくはないな」
  「奪われるのが<気>ですんでいるうちはいいんだけどね。なんてたって、俺たちは正真正銘の麻薬ディーラーについて話しているんだからな」

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<033>

  ジェニファが片腕を動かして、打つ構えをした。過去の経験に身を委ねている者の、偽りの平静さが顔にみなぎっている。(p.328)

  Jennifer moved her arm again, readying a blow. Her
face wore the spurious tranquility of someone imagining
herself in a past experience. (PB P.171)

  ここでも翻訳調が冴えていますね。ネッドを殴ったときの様子をジェニファーがライアンたちの前で再現しようとしています。

  試訳:ジェニファーがまた片腕を動かした。一撃の動きに入ったのだった。ある過去の体験の中の自分を思い浮かべようとする人によく見られるように、うわべは平静な表情を浮かべていた。

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<034>

  少年はライアンの手に銃を向けた。「それは金なんだろうな」
  ライアンは小銭用に持っていた紙幣をつかみ。ゆっくりとポケットから引き出した。(P.332)

  The kid pointed his gun at Ryan’s hand. “Best that
be money.”
  Ryan clutched bills where he had been going for
change and slowly drew his hand from his pocket. (PB P.173)

  麻薬常習者と思われる少年にライアンとジェニファーが襲われます。ライアンは渡すためのカネを取り出そうと、ポケットに手を入れました。あれ?<小銭用に持っていた紙幣>?<小銭用に>持つのは、普通は<コイン>だと思いますが。
  次の行には<bills>と<change>があります。

  試訳:ばら銭を探っていた手でライアンは紙幣をつかみ、その手をゆっくりとポケットから引き出した。

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<035>

  理学療法(P.337)

  physical therapy 

  <034>で少年に襲われたあと、ギャング同士の抗争に巻き込まれたのか、ライアンとジェニファーは銃弾を受けてしまいました。医者の話をライアンは聞いています。辞書(「英和中辞典」旺文社)には「物理療法」とあります。<理学>と<物理>とのあいだにはかなり差異があるようですが、この療法とは、つまりは<肉体的な機能回復のための治療・訓練>です。

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<036>

  銃撃は麻薬ギャング間の縄張り争いである、と警察が発表した。死亡した、銃を所持していた少年は、他の暴力団のシマをたびたび侵している、あるギャングのナンバー2だった。相も変らぬギャングの抗争だというのが警察の見解である。(P.337)

  The police said the shooting was part of a turf war
between crack gangs. The boy with the gun, dead now,
had been a lieutenant of a gang prone to trespassing
on the territory of other gangs. Once too often,
according to the cops. (PB P.176)

  <lieutenant>は<lieutenant governor>の場合は<副知事>ですから「ナンバー2」かもしれませんが、ただの<lieutenant>では、米軍では中尉・少尉を指すように、そこまでえらくはありません。<あるギャングで中ぐらいのクラスにいた少年>でいいでしょう。
  「他の暴力団のシマをたびたび侵している」では<prone
to>の訳がずさんです。これは<…しがちな、…の傾向がある>という意味ですから、やはり<…侵しがちな>としたいですね。それが次の<Once too often>(「相も変らぬギャングの抗争だ」?)に関わってもきますから。
  そして、この<once too often>は、その(<他のギャングのシマを侵しがちな>ギャングの一員だった)少年が死んだのは<一度余計に侵したからだ>ということを示しています。<最後の一回が余計だった(ために殺されてしまった)>と、(警察ではなく)<警官たち>(the cops)が言っているのです。

  試訳:(略)

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<037>

  ジェニファ以外の誰かがネッドを殺したとして、その物理的障害を乗り越える問題に取りかかった。陪審を相手に、あの空白の一、二時間をゆさぶるのは楽しいが、現実にその時間がどれほどの機会を与えるだろうか?(P.351)

  He set himself the problem of getting past the
physical difficulty of anyone but Jennifer’s having
killed Ned. It was well and good to lean on that empty
hour or two with the jury, but what opportunity did it
really provide? (PB P.183)

  ここもずいぶん“翻訳調”ですね。
  ライアンたちは法廷での戦略を話し合っています。ネッドの死亡時間に関する検屍報告のギャップを突こうと考えます。
  ここでは「あの空白の一、二時間をゆさぶるのは楽しい」が怪しい個所ですね。
  まずは<well and good>です。「英和中辞典」(旺文社)には「よろしい、けっこう、しかたがない*決定・決意などを冷静に認める時の決まり文句」とあります。「楽しい」ではないということですね。
  また<lean on>には「頼る、あてにする、すがる」という説明があります。

  試訳:ジェニファー以外の誰かがネッドを殺したと主張するのは物理的に難しかったが、それを克服するという課題をライアンは自分に与えた。陪審を相手にする際には、あの空白の一、二時間に頼るしかなかった。ただ、そうしたところで現実にどれほど道が開けるかは疑問だった。

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<038>

  練習をしない年月が長く経つと、条件反射的な動作が体から消えてしまうこともあるが、それについては考えまいとした。(下 P.8)

  He tried to minimize the deconditioning power of the years without practice. (PB P.204)

  この「練習」は英語の<practice>の訳ですが、どんな辞書にも「(医師・弁護士などの)業務、営業」といった意味も載っているはずです。「練習」にしてしまったものだから、弁護人になぜそんなものが必要なのか分からない「条件反射的な動作」などという出所不明の訳も出てきました。
  “珍訳”の一つです。

  試訳:実務につかずに何年も経てば、どうしても元のようには働けないものだが、ライアンは極力、そんなふうには考えまいとした。

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 <039>

  「もうすぐです、裁判長!」(P.9)

  “Any minute, your honor.”(PB P.204)

  参考までに…。アメリカではどの州でも、一審の裁判は、1人の判事が担当するようです。ここでの<your honor>を「閣下」と訳すわけにはいきませんが、<裁判長>とすると、ほかに何人か担当裁判官がいるかのような印象を与えるかもしれませんね。
  「裁判官!」とするのがいいでしょうね。

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<040>

  「誰を相手にしていたか知っていたのだから、簡単に交代は許さないと文句を言うことはできます」
  「入れ替わり立ち替わりの方がこっちには有利だ。コリノもそれを知っている。これは認めざるを得ないだろう――法廷に戻って恩着せがましく認めよう」(P.13)

  “We can make some noise about knowing who our
opponent is and not having him come and go.”
  “Better for us if he does," Ryan said, “and
Corino knows it. This one’s inevitable --- let’s
get back in there and be gracious.”(PB P.206)

  ジェニファー裁判はベッカー検事ではなく自分が担当したいと、唐突にグリグリア検事局長がコリノ判事に申し入れました。 ライアンとミラーはそのことが弁護側にとってどういうことなのかを話し合っています。「恩着せがましく」は思い切った訳です。原文とはまったく逆になっています。

  試訳:「自分たちが相手にするのが誰であるかを知っていることの重要さ、その相手が顔を出したとたんに去ってしまうことの不都合さについて、いくらか不平を言うことができますよ」
  「もし替わってくれれば、こちらにはいいことだよ」。ライアンは言った。「コリノもそう思っているさ。この交代は避けられないんだよ。法廷に戻って、僕らがおおおようだってところを見せてやろうじゃないか」

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