加州毎日新聞「時事往来」から: 情報、日本発世界行き --1988年3月28日-- 

  =加州毎日新聞は1931年から1992年までロサンジェルスで発行された日系新聞です=

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  三月のある日、エレーナという名の一人のフィリピン人“歌手”が成田国際空港から、いささか打ちひしがれてマニラに向け飛び立っていった。エレーナは東京都内のクラブで六か月間“歌手”として働いていたのだが、雇い主に見放されたのだった。彼女がカネのなる木ではなかったからだった。−エレーナは一日二百ドル以上の稼ぎになる売春を拒んだのだ。

  三月十五日、こんな書き出しのニュースがUPI東京から送られてきた。以下に、このUPI電を抄訳紹介すると−。

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  エレーナもその一人だが、外国人が群れを成して押し寄せるようになったために、世界で最も孤立し、単一性が強い国の一つといわれる日本で、外国人の暮らし方に関してさまざまな問題があらわになってきている。
  何よりもまず、日本での暮らしは物価高、淋しさ、差別との戦いだ、という外国人が多い。日本は、特に外国人女性にとってストレスが多い国だといえる。アジア人は言うに及ばず、女性は就職の際に猛烈な差別を受けることが多い。米国やヨーロッパから来た、経験を積んだ者さえ、仕事に対する望みは格下げしなければならないのだ。
  「日本人は他のアジア人の能力を信じなくて、私たちを差別している」と語るのは、フランス大使館で働くために八年前に日本に来たフィリピン人女性、メリー・ローズ・エリーペさん(二九)だ。「日本での暮らしはひどいもの。まるで地獄だ。もしフィリピン人だと知られたら、ゴミか売春婦のように扱われる」と彼女は言う。
  日本の人口一億二一〇〇万人のうち、外国人は八六万七二三七人。そのうちの七八%が第二次世界大戦以前から日本に住んでいる韓国・朝鮮人と中国人。だが、フィリピン人もここ数年間でほぼ倍増している。
  外国人のための<東京英語いのちの電話>に最近、外国人、特に女性から、苦しさを訴える声が伝えられるようになってきた。全部が全部、家賃や食料品の値段の高さに不満を訴える主婦の声というわけではない。日本のナイトクラブの高給に誘われてやって来たフィリピン人の若い女性からの電話も多いのだ。
  ヤクザに囚人のように閉じ込められ、監視され、パスポートを取り上げられている、などといった内容だ。
  (帰国させられることになった)エレ−ナのケースはまだ運がいい方らしい。だが、その一方で、自国でならひと月分にもなる日当につられて売春に走るフィリピン人も少なくない、というのも事実だ。そして、そのことがまた、日本に住む一般のフィリピン人への偏見を助長する。一部には、フィリピン人を母に持つ子供たちにエイズ検査を受けさせるべきだという要求まであるという。
  日本に仕事を求める、教育のある西洋人女性にも違った形で差別がある。仕事場での激しい男女差別だ。「外国人女性が経営にタッチするなんて、日本ではありえない」と、東京コミュニティー・カウンセリング・サーヴィスのエステリータ・レディング所長は言う。
  それに対して、「日本では、仕事熱心な人ならだれだって重要な仕事ができる」と言う女性もいるにはいる。外国人専門の人材斡旋会社を経営している高橋シャーロットさんだ。だが、その高橋さんの会社が出しているパンフレットにも「性差別は覚悟しておくこと」という一項がある。

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  米国の新聞は大方、日本のことなど気にとめてはいない、と長いあいだ言われてきた。だが、最近は様子が違う。
  経済関係記事以外でも、<ロサンジェルス・タイムズ><ウォールストリート・ジャーナル><USAトゥデイ>などに日本に関する記事が出ることは珍しくない。先日は、地元ロサンジェルスのローカル紙<ヘラルド・イグザミナー>までが九つの記事を連ねて日本特集を組んだ。
  このような注目ぶりが日本の経済力を反映していることは言うまでもないが、さて、世界に向けて、その生活、考えなどが事細かに報告されることになった新しい時代の日本自身は、いったいどんな国になろうとしているのだろうか。