第222回 タオルの受け渡しが憂慮のタネになろうとは

  東京の有明テニスの森公園でさきごろ開かれた全日本選手権の男子シングルス決勝戦をNHK国際放送で見ました。試合内容そのものは、第1セットを5―7で失った第3シードの守屋宏紀が、第2セットを7―6という大接戦の末に取り、第3セットを6―2で逃げ切って第1シードの伊藤竜馬を破る、というなかなか見ごたえがあるものでしたが、見ているあいだに何度か大きく落胆させられたところがありました。
  覚えていますか?「苦言熟考」の第205回<「たかがタオルの受け渡し」?>(http://d.hatena.ne.jp/kugen/20110630/1309399835)を?
  このエッセイの中でわたしは、若いフィリピン人の友人に自分がした話を紹介しています。
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  <テレヴィで中継されるようなプロのテニス試合には必ず(その正式な呼び名は知らないが)ボールボーイ(ガール)がつく。この若者たちには主に二つの仕事がある。サーヴを行うプレイヤーに、最善のタイミングを計ってボールを渡すのが一つ。もう一つは、汗をかいたプレイヤーに大きなタオルを渡し、それを受け取る、というやつだ>
  <あるボールボーイ(ガール)は丸まったタオルをそのままプレイヤーに渡す。別のボーイ(ガール)は自分の両手でタオルを広げて渡す。一方の手にラケットを持っているプレイヤーには、どちらの渡され方がいいか?><どちらのボーイ(ガール)の仕事の質が高いと思うか?>
  <プレイヤーから受け取ったタオルをどうするかでも違いが見える。丸まったタオルをそのまま椅子などの上に置く者もいれば、やはり両手で広げて椅子の背などに掛ける者もいる><どちらのボーイ(ガール)の方が優れた仕事をしていると思うか?>
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  すごく驚きましたし、大きく落胆しました。
  よく訓練された、自らも思慮深く勤勉な日本人のボールボーイ(ガール)たちは、当然ながら、例外なく、タオルを両手で大きく広げてプレイヤーに渡すし、プレイヤーから受け取ったタオルは、少しでも風と日を当てておくために、どこかに広げて置いておくはずだ、と信じていたのです。そのことをまったく疑っていなかったのです。
  ところが…。
  この試合の中継中に姿を見た(おそらくは4人の)ボールボーイ(ガール)たちのうちで、(わたしの期待に応えて)そうしたように見えたのはわずかに一人、それも一回だけでした。しかも、そうすることが正しいのだと信じた上でそうしたというよりは偶然にそうなったというふうでした。つまり、(この4人の)日本人のボールボーイ(ガール)たちは<よく訓練され>てもいなければ、<自らも思慮深く勤勉>でもなかったのです。自分たちの仕事の質を向上させることには関心がなかったのです。プレイヤーたちのために良かれ、という考えはまったく彼らの頭になかったのです。
  全日本選手権の主催者もボールボーイ(ガール)たちの仕事の質の程度には無関心でした。この機会に彼らを教育しようなどとは考えてもいなかったのです。いえ、彼らの仕事ぶりには大きな問題があることに気づいてさえいなかったのです。
  あの大会の、少なくとも男子シングルス決勝戦での日本人のボールボーイ(ガール)たちは、フレンチ・オープンでおなじ仕事をしていた若者たちとは比較にならないほど“低級”な仕事しかできていませんでした。ウィンブルドンのトーナメントで働いていたイギリスのボールボーイ(ガール)たちと同程度の、間に合わせの仕事しかしていませんでした。
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  <「たかがタオルの受け渡し」?>で示したわたしの直感に沿って言いますと、上の事実は<日本の経済・産業力の衰退を明らかに反映している>ということになります。プレイヤーが快適にプレイできるためには、ボールボーイ(ガール)は何をどうするべきか、についてだれも真剣に考えないような国の人間に、国内外の製品・サーヴィス利用者や消費者が何を求めているかがちゃんと分かるはずがありません。いい製品やいいサーヴィスを世界に提供できるわけがありません。
  そう思いませんか?
  “超”がつく高齢・少子の時代に日本は向かっています。いえ、そんな時代がすでに始まっています。
  分かりきったことだと思えますが、総労働人口が激減し始めているのですから、個々の製品やサーヴィスにこれまで以上の高い付加価値をつけていかないと、日本の経済・産業は自然に衰えていきます。国が生き残るために必要な収入が得られなくなります。
  労働者、研究者、経営者…。いえ、日本国民全体の“質”を上げていかなければなりません。
  何事にも、かつて以上の創意工夫をほどこしていかなければなりません。
  そんなときに、日本は、テニス・プレイヤーへのタオルの正しい受け渡し方すら知ろうとしない怠惰な者たちだらけ?
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  なるほど…。
  国民の意思とまともに向かい合わずに、自己保身に走りつづける政治家たち!
  国民が知りたがっている情報ではなくて(スポンサーへの受けがよく、販売部数確保に役立ちそうな)国民に知らせたい情報だけをただただ一方的に報じつづける(としか見えない)報道機関!
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  こんな事態を憂慮しないでいられますか?
  日本の衰退・凋落に歯止めがかけられる者はいったいだれなのでしょう?