第194回 WISE GUY だらけの日本

  英語に WISE GUY という言葉があります。WISE とあっても誰かをほめるためのものではなくて、普通は「知ったかぶりをする人」(英和中辞典 旺文社)という意味で使われます。WISEACRE もほぼ同じで「利口ぶる人」「もの知り顔をする人」(同)という意味です。
  3月11日に発生した東日本(東北関東)大地震とそれへの政府の対応に関する報道やジャーナリストたちの意見を見たり聞いたりしているあいだに、改めて、日本は実に厄介な国だと思いました。
  なぜといって…。
  日本には WISE GUY が多すぎると思いませんか?
  たとえば、こんな国難の中なのに、日本の首相がどうであるべきかに関してさえ、おおげさに言えば、報道や意見の数と同じ数の“指導者像”があります。
  ですから、首相が何をどう行動しても、必ずどこかに、首相を批判、非難、中傷する人たちがいます。それとは異なる考えの人びとがいます。首相というのは、こういうときには、こうするものだ、と首相になったことがない人たちが、それぞれに言い張っているわけです。
  いま管首相がその WISE GUY たちに最も手厳しく非難されているのは、大震災が発生して間もなく福島第一原子力発電所(とほかの被災地)を視察したことと、計画停電をどう実施するかについて右往左往していた東京電力に自分で出かけていって、幹部をじかに叱咤したことの二点に関してでしょう。
  首相の仕事は、官邸に腰を落ち着けて全体を見渡し指示を出すことだ、というようなことを非難者たちは主張するわけです。
  ところが、この人たちが言うとおりに官邸にへばりついていたら、どこかで誰かが必ず、現場のことに無知でいてどんな的確な指揮ができるのだ、というような意見がでてきます。現場で苦労している人たちをもっと励ますべきだ、という人もいます。
  そういえば、ニューヨーク・タイムズ紙に先日、管首相には指導力が欠けているようだ、という内容の記事が掲載されていました。記者がそう感じたのは、イスラム教過激派が引き起こしたあの<9−11>のあとに、ニューヨーク市ジュリアーニ氏が世界貿易センター跡などで見せた精力的な活動ぶりと比べると、管首相はまるでその姿が見えないから、だったようです。これでは指導者として信頼されないだろう、というわけです。
  ヨーロッパでもほとんどおなじではないかと思いますが、少なくともアメリカでは、被災現場にだって出て行って実情を知り、現場で救命復旧作業に当たっている人びとを激励するというのは、優れた指導者であるための重大な要素であるようです。
  アメリカでは、自ら戦場に赴いて、じかに兵士を激励し、その働きに感謝するのも、大統領の重要な仕事の一つだと信じられているようです。大統領がやって来たので作戦実行に支障が出たという不平が噴出したとなどいう報道には接したことがありません。
  首相というのは、官邸に腰を落ち着けて全体を見渡すものだ、腰軽くあちこちに出かけるものではない、という意見の根拠はどこにあるのでしょう?納得できるように説明された報道や意見にはまだ出合っていません。そういう主張が一人歩きしているだけに見えます。
  そもそも、すぐに反論が出てくるような意見や主張をしているのに、それに気づかないままやたらと得意がるような日本の報道界の風潮は間違っているのではないでしょうか。
  現実には、首相が乗り込んだあとの東京電力計画停電は(東京電力の社員が首相の“介入”にどう不平を口にしたにしても)うんとましに実施されるようになったはずですよ。もし、首相が自ら赴いて、避難所での暮らしを強いられている高齢者などの手を取って「がんばってください!」と声をかけていたら、多くの人びとがおおいに勇気づけられていたのではありませんか?
  日本のジャーナリストの多くは、首相が現場に顔を出したりすると、それを首相の、自分(と自党)をよく見せようという選挙目当てのパフォーマンスだ、などと批判するのが自分たちの仕事だ、と勘違いしています。そんな WISE GUY ジャーナリストが多すぎます。
  首相が何をどうしようと誰かが必ずそれを批判する、というのが日本の文化とさえなっています。
  しかし、すぐに反論されるような、あるいは、反対意見がすぐそこに見えているような批判は、実は、ただの難癖、いちゃもんです。ジャーナリストに求められている建設的な意見とは程遠いものです。
  この大震災に関する管首相の行動に難癖をつけている人たちの中に、政府の打つ手が“後手後手に回っている”、政府は国民に“嘘をついている”などという主張を見かけます。しかし、何がどこで後手後手にまわったのか、何についてどう嘘をついているのかを明確に述べた主張はまだ聞いたことがありません。
  政府の対応が“遅い”というのと“後手後手に回っている”というのとでは、その意味に雲泥の差があります。一般的に“遅い”というのは、おそらくは当たっているでしょうし、そのことを被災者は切実に感じているはずです。ですが、政府がどこで何をしたのか、具体的にはどこが悪かったのかを読者に告げもしないでただ“後手後手に回っている”と言い切るのは報道ではありません。改善する道を示さない、ただのデマです。
  同様に、“嘘をついている”というのなら、真実はどうであるのかをジャーナリストは示さなければなりません。“どうも嘘をつかれているような気がする”という思いと“嘘をついてる”という断言とのあいだの大きな違いを無視するのも、良質の報道ではありません。
  日本人はまだ、これが理想の“指導者像”だ、というものを持っていません。持っていないから、WISE GUY がそれぞれに、自分の都合と好みに合わせて、指導者とはこうあるべきだ、と言い切ってしまいます。
  いえ、理想の“指導者像”は単一であるべきだ、と思っているのではありません。
  そうではなくて、その像はいくつもあり得るのだから、指導者とはかくあるべきだと主張する人びとは、それとは異なる意見もあるはずだということをちゃんと頭に入れておかないと、その主張に説得力が加わらない、と言っているのです。
  ジャーナリストはただの WISE GUY であってはならないのです。
           −−−−−
  <海外からのエールは、あくまで懸命に被災の中で日々を凌(しの)ごうとしている一人一人の生活者に対してであって、対策が後手後手に回り、有効な危機管理戦略を打ち出せない政府に対してではない。むしろ政府に対する世界の眼(め)は日々厳しさを増している>
  <「日本は民主国家だが、未(いま)だ有権者による統治が機能するに至っていない。民主党政権になってもほとんど変わっていない。崩壊に瀕(ひん)していた菅政権に、戦後最大の危機が指揮できるのか」。独有力紙のような辛辣(しんらつ)な指摘もある>
  −−と書いているのは東京新聞の社説です(2011年3月20日)。
  この論説員は正気なのでしょうかね?
  証拠も示さずに<対策が後手後手に回り、有効な危機管理戦略を打ち出せない政府>と決めつける WISE GUY ぶりを丸出しにした論です。無責任な論です。
  いいですか、突然に襲ってくる自然災害については、ある程度の備えはできても=「有効な危機管理戦略」を事前に練っておくことはできても、政府であれ誰であれ、“先手”を打つことなどできるはずがありません。つまりは、その備え=危機管理戦略以上のことはできないのです。まして、災害がその備え=戦略以上に大きいものであれば、政府の対策は自ずと「後手後手に」なってしまいます。そう思いませんか?災害が現実に起こってから「危機管理戦略」を打ち出せと言い出すことこそが“後手”なのでは?
  立派な備えをやっていたのに=立派な危機管理戦略を持っていたのに、政府はそれを十分には活かすことができなかった、ということを証明できた者だけが「後手後手に回った」と政府を批判できるのだと思います。
  もし、過去の貧しい備えを克服できる戦略があるのだったら、東京新聞は、あれこれと御託を並べていずに、さっさとそれ提言すべきです。提言もできないのに誰かを非難するのは、いわゆる“後出しじゃんけん”とおなじです。卑怯なやり方です。
  それに、この社説は「崩壊に瀕(ひん)していた菅政権に、戦後最大の危機が指揮できるのか」という<独有力紙>の<指摘>をそのまま、ありがたがって受け入れていますね。なぜ「ばかを言うな」と<独有力紙>に抗議反論しないのでしょうか?ここは「菅政権に指揮ができるかどうかなどと、この国難のさなかに外国の報道機関に軽々しく言われたくはない。この危機の中で選挙をやれとでも言うのか。日本はいまの体制で最善を尽くすのだ」と突っぱねるべきなのでは?
  建設的なことを言わない、あるいはそれが言えない、ついでに言うと、外国の政府要人や識者、報道機関などからの批判に弱すぎる、というのが WISE GUY に共通する特性のようです。
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  <<異例・姿見えぬ菅首相、関係者から不満の声>>(2011年3月23日19時52分 読売新聞)
  <東日本巨大地震の発生後、菅首相が自ら一方的に発表する時以外、メディアの取材や国会答弁など表舞台に姿を現さない状態が続いている><東京電力福島第一原子力発電所の事故に専念するのが理由とされるが、首相のリーダーシップが見えない現状に、関係者から不満の声も出ている><枝野官房長官は23日の記者会見で、「(首相は)慌ただしく過ごしている。表に見える形で動くことがリーダーシップとして効果的な場合もあるが、多くの場合は、必ずしも目に見えるものではない」と首相の仕事ぶりを説明した>
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  <<官邸肥大化、参与が14人…組織も増殖>>(2011年3月23日22時25分 読売新聞)
  <民主党内からは「首相が表に出ず、側近ばかり使って危機をしのごうとするのは、余裕のなさの表れだ。リーダーシップを持って官僚機構を使いこなし、民間と連携してオールジャパンで対策に取り組まなければこの危機は乗り越えられない」(中堅議員)との不満の声が出ている>