第92回 英文小説の中ではいまだに公然と差別されています 2008/08/20  閲覧(312)

     <They were zero, nothing, merely rich and not very bright thieves, and further, the sort of "messengers" Carlos would avoid like lepers.>

  上の一文は Robert Ludlum という作家が書いた "The Bourne Ultimatum" という小説の中にあったものです(Bantam Books P.68)。

  カリフォルニアからマニラに移住してから27か月が過ぎました。この機会に数えてみたら、この間に30冊ほどの(英文)小説を読んでいました。<David Copperfield>(Charles Dickens)のような古典作品もありますが、大半は弁護・検察がわたりあう裁判、刑事の難事件捜査、テロリストとの戦いなどが書かれた(俗にいう)大衆小説です。
  "The Bourne Ultimatum"はマット・デイモン主演で(小説とはずいぶんかけ離れた内容でしたが)映画化されましたから、見られた方もあるかと思います。

  さて、上の英文で<これはやはり一度触れておかなければ>と思ったのは<"messengers" Carlos would avoid like lepers>(らい=ハンセン病患者のようにカロルスが避けることにしている“メッセンジャー”…)の部分です。

  念のために…。
  この部分は作中の登場人物のせりふ(個人的意見)としてではなく、作家による説明として書かれています。
  つまり、作家自身が<lepersは当然避けるべき対象だ>と考えているから、こういう説明が平気でつけられたわけですね。

  マニラに移ってから読んだ小説の中で同様の表現に出合ったのは、実は、これが二度目でした。<またか>と感じましたし、北京オリンピックの開催前に中国政府がハンセン病患者を<入国を禁止する外国人>のリストに“堂々と”挙げていたという事実も明らかになりました。
  それがやっぱり触れておこうと思った理由です(一度目も探してみましたが、一冊が400〜500ペイジから成っている本、30冊の中からその個所を見つけ出すことは、残念ながら、できませんでした)。

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  *2009年8月9日 追記
  Scott Turow の"REVERSIBLE ERRORS"をたまたま読み返していて、その個所を見つけました。
  "I told him I'd work on the money, and ran off, fast
as if he was leprosy."
  作中人物の言葉として書かれていますが、差別を根底にしたものであることに疑いはありません。
   SCOTT TUROWという作家も“大物”で、数多くのベストセラー作品を書いています。

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  <またか>と感じたということには…。
  カリフォルニア滞在中に読んだ150冊ほどの小説の中の4〜5冊にも、現代の流行作家たちがハンセン病患者(lepers)をちょうどこのように差別的に扱う文があった、ということも含まれています(この150冊ほどについても、最後に住んだアパートメント・コンプレックスの図書室に寄贈してきましたから、もう当たり直すことができません)。

  "The Bourne Ultimatum"の初版は1990年でした。18年前ですね。
  わたしが引用した Bantam 版のペイパー・バックは2007年に出版されています。
  ですから、<Carlos would avoid like lepers>の部分は、初版からあともこれまで、書き直されることなく、ずっと生きつづけてきているわけです。
  <こんな表現を当然のようにしたのでは、ハンセン病患者が精神的に傷つく。感染力がいちじるしく弱いハンセン病への誤解を拡大してしまう>というふうには、この間、だれも考えなかったということですね。

  比較のためにあえてつけ加えておきますと…。
  エイズの存在が広く知られ、この時代に最も恐れるべき感染病(の一つ)だと思われるようになってからでも、わたしは、自分が読んだ現代小説の中で、たとえば、<XXは△△をエイズ患者のように忌み嫌った(避けた)>といったような表現に出くわしたことは一度もありません。やはり、エイズ問題の微妙さを作家や編集者、出版社などが認識、考慮してきたからなのでしょうね。

  ところが、それがハンセン病になると…。
  作家たちにはどのような配慮もないようです。オリンピック前の中国政府とおなじように差別観を丸出しにして悠然としているようです。

  エイズハンセン病を西洋の作家たちが違って受け止めているのは、エイズが極めて現代的な病気であるのに対して、ハンセン病は“聖書が公認した罪の病”であるからなのでしょうか?

  ハンセン病を公然と差別する表現がいまだに小説の中にあるのに、作家仲間たちだけでなく、社会全体が抗議どころか反省する気配さえ見せていないのは、やはり、キリスト教のせいなのでしょうか?

  中国政府は<入国禁止措置>を撤回しましたが、この一連の扱いで、(中国政府の後進性と)ハンセン病が地球上最後の“被差別病”(の一つ)であることが、改めて、明らかになりました。

  Robert Ludlum のような息が長いベストセラー作家が上のような文を書いて、ハンセン病への差別と偏見を助長している事実を早く改めなければなりません。  
  
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  2010年5月10日 月曜日
  ここフィリピンではきょう、大統領や上下両院議員、市長などを選ぶ選挙の投票日です。公休日に指定されていますから、町を走る自動車も少なく、静かな日になっています。
  さて、ハンセン病を差別語として使用した小説にまた出会いました。
  JOHN SANDFORD という人気が高い作家の"NAKED PREY"(BERKLEY FICTION)がそれです。163ペイジに "I hope you die of leprosy." という形で書かれています。
  仕事に出かけるために朝早くに起こされた刑事がおもしろくなくて、起こした同僚に悪態をつくというシーンです。
  「おまえなんか、らいで死んじゃえばいいんだ」
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  2012年8月19日 土曜日
  ハンセン病患者は嫌われ者だ、という観点に立つことで会話ができあがっている小説にまた出会いました。
  Michael Connelly の"THE BLACK ECHO"(Warner Books)がそれです。129ペイジにこう書いてあります。
  "What do you need?" She said. "I better do it now before they put you your paper through. After that, you'll be a leper 'round here"
  あなたの報告書をみたあとでは、あなたは彼らにらい患者のように忌み嫌われるだろう…