第296回 フィリピン ヴァレーボール 学ばないことには

  すぐそこに見えているものからでも何かを学ぶことができるのに…。
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  フィリピン人で最も好まれている“見るスポーツ”はバスケットボールです。テレヴィで放送されるゲイムの数の多さを見ればそれが分かります。一年のあいだにフィリピンカップコミッショナーカップ、ガヴァナーズカップの三つのコンファランスでチャンピオンシップを争うPBA(Philippine Basketball Association / 大企業がそれぞれのスポンサーとなった10ティームで構成)は、その全試合が中継放送されているようですし、マニラ首都圏の二つの大学リーグ、UAAP (University Athletic Association of the Philippines 8校)とNCAA(National Collegiate Athletic Association 10校)のそれぞれ年一回のトーナメントも、スポンサーつきで(つまりは、ある程度の視聴率が望める番組として、いわゆるゴールデンタイムも含めて)その(もし全部でなければ)ほとんどが中継放送されているはずです。
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  さて、そのバスケットボールにははるかに及びませんが、ここのところの数年間でぐんぐん人気を高めてきているスポーツがあります。女子のヴァレーボールです。ピザの「シェイキーズ」が一年間に二回主催するShakey`s V-leagueとUAAPのトーナメントはヴィデオによる後日放送も含めて全試合がテレヴィで見られるようにさえなっています(UAAPの昨シーズン中にはモール・オブ・エージア・アリーナに1万7000人の観客がつめかけた試合もあったのですよ。ただし、NCAAについては、全体としてのプレイ質がUAAPには劣るためなのでしょうか、そのトーナメントはシーズン中に、決勝戦などを含めて、数試合しかテレヴィ中継されません)。
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  そのUAAPの女子トーナメントを2006年のシーズンから見ています(Shakey`s V-leagueは、出場するティームがシーズンごとに入れ替わるために、ある年度ともう一つの年度とを比較するのが難しいので、ここでは話の対象から外しておきます)。
  2006年に漠然と受けた印象は「UAAPの中の一番強いティームでも、日本の平均的なレヴェルの高校地方大会ででも優勝はできないのではないか」というようなものでした。たとえば、バックゾーンからのトスを90度以上回転しながら相手コートに打ち込むというショットでは、ほとんどがネットに引っ掛けるかスパイカーの手に当たるだけ、といった状況でした。
  しかし、今年の2月に終わったシーズン75では様子が違っていました。
  大学ごとに実力はそれぞれであったものの、全体としては、スパイクとサーブはずいぶん強力で正確なものになっていましたし、クイックプレイやランニングアタック、バックゾーンからのスパイクなどのより高度なプレイをほとんどティームが、間違いなく、2006年よりはうまくこなせるようになっていました。
  過去10年間ほどつづけられてきたテレヴィの中継放送が全国の高校生プレイヤーたちに「よりよいプレイができるようになりたい」というふうに、向上心を植えつけきただろうし、大学生プレイヤーたちも「フィリピン全土のヴァレーボール・ファンに見られるのだから」と発奮して練習に励んできたのではないかと思われます。運動能力に恵まれた若い女子アスリーツが「(ほとんど中継放送がないバスケットボ−ルよりは)テレヴィで見るあのヴァレーボールをやりたい」と、このスポーツに参入するようになったという側面もあったかもしれませんね。
  ゲイムを中継放送するアナウンサーたちが語るところから察すると、フィリピン・ヴァレーボール界の幹部たちは「(たとえばこの秋のバレーボール・ワールドグランドチャンピオンズカップ女子大会にも出場していたタイのような)強いナショナル・ティームが作れる日も遠くない」と感じ始めているように思えます。
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  ところが……。フィリピンのヴァレーボール界には大きな問題が残っています。各ティームのヘッドコーチを先頭に、指導者たちの能力が“世界に通用するレヴェル”からは程遠い状態のままなのです。
  素人の身でありながらそう言いきることができるのは、世界のトップクラスのナショナルティームやクラブティームが参加して開かれる大会で、コーチたちがどういう采配をふるっているかを(テレヴィ観戦の際に)注意深く見つめてきたからです。
  残念なことながら、フィリピンのコーチたちの中に「この人はそういう世界的な大会を見て、そこから学んでいるに違いない」と思われる人は、わたしがこれまで見てきた限りでは、皆無です。
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  世界のトップクラスからフィリピンのコーチたちが劣っている最大のポイントは、作戦に関する(“哲学”というのが大げさすぎるなら)“定まった考え”(定見)が彼らにはない、そのときの“気分”で指揮しているようだ、ということです。
  試合を順調にリードしつづけているときにコーチがするべきことはあまりないはずですよね。相手ティームがタイムアウトを取ったときなどに、自分の選手たちに「この調子でいけ」だとか「気を緩めるな」だとか伝えるだけだと思われます。
  コーチたちがその能力を問われるのは、自分のティームが一方的に負けかかっているか、点数で大きくリードしていたのに追いつかれかかっているときです。そんな状況になったときにコーチたちがしなければならないのは、とにかく「相手ティームの“勢い”を削ぐ」「相手ティームに“流れ”をそれ以上は渡さない」「相手ティームの集中力を薄める」「自分のティームに気分転換をさせ、集中力を回復させる」などといったことでしょう。
  そのためにコーチたちができることは、実は、あまりありません。「(1セットにつき2回まで、それぞれ30秒間許されている)タイムアウトを取る」ことと「(1セットにつき6回まで認められている)選手交代の権利を使う」ことの二つだけだといえるでしょう。
  世界トップクラスのティームのコーチたちはこの二つをどのタイミングで実行しなければならないかを熟知していように見受けられます。つまり、作戦に確固とした“定見”があるのです。
  世界のトップクラスのティーム同士の試合では、つづけざまに3点(まれには4点)を相手に奪われると、それがセットの序盤であっても、ほとんど例外なく、コーチはタイムアウト(30秒間)を要求します。相手にそれ以上“勢い”をつけさせないためにです。もちろん、そのタイムアウト中に、自分のティームのどこに問題があるかを指摘し、それを直すように技術的な指示を行うこともあるでしょうが、主目的はあくまでも「間を取り、相手の気を削ぎ、試合のムードを変える」ところにあるようです。おなじ狙いで、自分のティームの選手を交代させて、相手サーヴァーの集中を妨げようとすることもあります。
  実際に、タイムアウトを取ったり選手を交代させたりしたあとに相手ティームのサーヴァーがサーヴィスエラーをおかす確率は、何の手も打たなかった場合よりはかなり大きいようですよ。
  なのに、フィリピンのコーチたちはそのタイムアウトや選手交代を「相手ティームの“モメンタム”を妨げる」ためには使わないことが実に多いのです。そもそも、そういう考えが初めからないかのようなのです。たとえば、セットが始まって間もなく、自分のティームが1−6、2−7などといったぐあいに劣勢になってもコーチがまだ何の手も打たない、といった場面に出合うことはけっして稀ではありません(一方のティームの得点が8点と16点になれば自動的に与えられる60秒間のテクニカル・タイムアウトを待っているわけです)。そんな消極的な(あるいは無策の)指揮の結果として、たとえば、そのセットが7−21などといった不利な状況になってしまってからやっと二回目のタイムアウトを取るというようなことが少なくないのです。使い惜しみで残っただけのそんなタイムアウトに格別の意味があるとは思えないというのに……。
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  世界トップクラスのヴァレーボールの大会を(テレヴィで)見ていて容易に気づくことがほかにもあります。タイムアウトのあいだに、コーチのうちの一人が(ゲイムメイカーである)セッターと一対一で、じかに話していることがしばしばあるのです。アメリカ・ティームでは、先発のセッターが控え(と思われるプレイヤー)と二人だけで言葉を交わすこともあります。ゲイムが始まったら“司令塔”なのだから、(バックゾーンのどのプレイヤーとも自由に交代できるリベロを含めた)ほかの6人とは異なった“指示”がセッターには与えられるべきだ、という考えに基づいているからなのでしょう。しかしながら、そういう場面をフィリピンで見ることはまずありません。
  この秋のShakey`s V-leagueでカガヤンヴァレー・ライジングサンが全勝優勝したのは、タイから招いていた二人“助っ人”、特にそのうちの(ソラヤという名の)セッターが抜群のプレイをつづけたからでした。自分のティームのスパイカーに上げるトスは、その攻撃パターンのときはどこにでなければならないか、次の攻撃はどこから行うべきか、だれに打たせるべきか、などについての判断が、このセッターは(他のティームのセッターたちよりはうんと)的確でしたし、それを現実に行う能力も備えていました。タガログ語も英語も話さないのに、まさに“司令塔”の役割を果たしていたわけですね。
  このような優れたセッターを育てるための“意志”と“方策”がいま、フィリピンのヴァレーボール界にあるとは思えません。
  各ティームのコーチたちが世界トップクラスの大会やティームから何も学んでいないのですから、自分のティームのセッターの頭脳をタイムアウト中の対話の中ででも磨いてやるのだ、というような発想が生まれてくるはずはありませんよね。
  女子プレイヤーたちの運動能力の向上に頼っているだけでは、フィリピン・ヴァレーボールはいま以上には進歩しないに違いありません。
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  フィリピンのヴァレーボール界は、ナショナルティームと大学レヴェルのコーチたちに(外国に留学させてでも)「一流から学ぶ機会」を与えるべきです。強いナショナルティームを本気でつくりあげたいのなら、そういうコーチたちに、何らかの形で「学ぶ」ことを義務づけるべきです。
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  ある試合で、第4セットを23−10ぐらいでリードしていたティームのコーチが23−20ぐらいに追いつかれるまでにタイムアウトを一回しか取っていなかったばかりか、やっと取ったその二回目のタイムアウトのあいだにも、プレイヤーたちに「何をやってんだ。あと、ほんの2ポイントをとれば、決勝戦に行けるじゃないか。さっさときめてしまえ」と指示しただけだったのには驚いてしまいました(ふだんはタガログで行われる指示がこのときは、中にタイ人プレイヤーが二人混じっていたために英語でなされたので聞き取れたわけです)。プレイヤーたちの追い詰められた心理を含めた試合状況の把握がちゃんとできていたら、あるいは、自分の無策のせいでここまで追いつかれてしまったのだという反省があれば、こんな粗雑な指示ですませることはなかったはずです(このティームはこのセットを落としただけではなく、第5セットも失い、このゲイムの敗者となってしまいました)。
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  何事によらず、常に学びつづけるという姿勢がなかったら、遅かれ早かれ、それは行き詰ってしまいます。いずれ進歩・向上しなくなってしまいます。
  フィリピン女子ヴァレーボール界の幹部たちは、その人気が高まっているいまこそ、真剣に学び始めるべきです。
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  一方で、女子プレイヤーたちの中にも、世界のトップレヴェルから学んだ方がいい人たちが、少なからずいます。端的に言ってしまえば、お腹のまわりに余分な脂肪をつけた“太りすぎ”のプレイヤーたちのことです。
  たとえば「世界グランプリ大会」を(テレヴィ放送で)見れば、たちまちのうちに、ほんの少しでも“太りすぎ”の兆候があるプレイヤーは皆無に近いことを知ることができます。高く、早く、強く、敏捷に……。“太りすぎ”が“利”となる側面は(いわゆるコンタクトスポーツではない)ヴァレーボールにはありません。もしフィリピン・ヴァレーボールの進歩と発展に寄与したいという気持ちがあるのなら、自分ででも学ぶという態度を、プレイヤーたちも身につけるべきです。
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  〔追記〕 UAAPの中の一校、ADMU(ATENEO DE MANILA UNIVERSITY)が、この12月1日に始まるシ−ズン76に備えてタイ人コーチを迎えたということです。フィリピンでは初めての試みだそうです。どんな采配を見せるかが楽しみになってきましたね。
  By BallersPinas Thursday, August 15, 2013
  <Manila, Philippines - The Ateneo De Manila University Women's Volleyball Team is making a breakthrough in the world of College Volleyball as they will be tapping a Thai Coach to fill in the position that was left by Coach Roger Gorayeb.>
〔追記〕12月1日のADMUの試合を見たところでは、このタイ人コーチのタイムアウトの取り方、選手交代のさせ方は“国際的な水準”にあると思えました。
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