第254回 再び「不打不成交」について

  振り上げたこぶしのおろし時、おろし場所を中国政府が知らないとなると…。
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  「苦言熟考」は2011年の6月に「不打不成交」という中国のことわざについて書いています。このことわざを、1972年に、日中国交回復のための二国間のやりとりの中で、毛沢東主席が田中角栄首相(ともに当時)に向かって使っていたことを、NHKテレヴィの番組で知ったことがきっかけでした(http://d.hatena.ne.jp/kugen/20110611/1307752763)。
  NHKがその場面につけていた訳は(字幕どおりではないかもしれませんが)「周恩来首相とは(もう)けんかをしましたか?けんかをしなければ友達になれませんよ」というものでした。古くからのことわざが毛主席のこの発言の元になっていたことにすぐに気づきました。というのは、インターネットの初心者向け中国語講座で前に、中国には「不打不成交」という広く知られていることわざがあることを学んでいたからです。その講座では「ケンカしなければ友達になれない」という訳が付されていました。
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  尖閣諸島の帰属をめぐって、中国が日本に向かって、ただ単に言葉の上でだけではなく、実際の行動においても、攻撃的な姿勢を強めています。
  そんな中国政府に対して日本はどう反応するべきかについては、政治家ばかりではなく、いわゆる識者や専門家たち、新聞などが硬軟・強弱が入り混じった意見を述べています。もっとも極端なものは「対中戦争も辞さず」というものでしょう。
  待ってください。冷静に考えましょう。
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  そうですね、たとえば、「長いものには巻かれよ」ということわざに日本人が馴染んでいるのとおなじように、中国人は「ケンカをしなければ友達になれない」ということわざに親しんでいるとなると…。
  それは、いまの政治指導者たちを含めて、中国人の大半は、いったん事あれば、初めにケンカをするのは当たり前だ、と信じているのかもしれないということですよね(何かがあるとたちまちのうちに激しい“反日デモ”が起こるというのも、その辺りに原因があるのでしょうか?)。
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  2006年からわたしが住んでいるフィリピンではいま、バナナ産業がひどいことになっているそうです。南沙諸島の帰属についてはフィリピンとも衝突している中国が、フィリピン産のバナナに対する検査・検疫の基準を突然に引き上げて、その輸入を、事実上、禁止してしまったからです。国内での生産を増大させ対中国輸出を拡大してきていたフィリピンにとっては実に大きな打撃です。
  日本へのレアアースの輸出を不意に、理不尽に、止めてしまったのとおなじ、政治と経済を一体化させたケンカのやり方ですね。
  世界貿易機関WTO)には中国も加入しています。ですが、自国の利益を守り、自国の主張を通すためには、この機関の設立目的に反することもあえて行うというのがいまの中国なのですね。
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  「ケンカしなければ友達になれない」
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  国際政治と外交は、「不打不成交」ということわざが言うほどに単純には、実は、動かない、ということは中国政府も分かっているでしょうし、そのケンカには国際的な戦争も含まれる、とまでは、いくら中国政府でも信じてはいないでしょう。
  だからこそ、中国政府は、うまくケンカをしたい、と考えているのでは?
  国際政治と外交に関して中国政府が常に考えているのは、たとえば、互恵などという理念についてではなくて、要するに、そのケンカをどう始めて、それにどう勝つかということだけなのでは?
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  そこで問題となるのは、40年前に田中角栄首相に「周首相とはもうケンカをしましたか?」と尋ねたときの毛沢東主席には、周・田中両首相の「ケンカ」をどう収めればいいかが分かっていたはずですが、いまの中国政府には、そのこと、つまりは、ケンカのあとでどういうぐあいに友達になるか、についての確たる考えがまだないようだ、ということです。
  そこが怖いところです。
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  世界第二の経済大国である中国も、国内的には、都市と農村、富裕層と貧困層のあいだの格差や、近い将来に現実のものになるといわれている少子高齢問題などの、いくつもの大きな問題を抱えていますよね。
  抱えているのに、それらの件への適切な対応策が中国政府にはありません。あるようには見えません。
  しかも、ヨーロッパを中心にして世界経済がおかしくなってからは、中国経済自体もその勢いを衰えさせているようです。一国内だけで成長しつづける、一人勝ちの経済というのはありえない、ということです。飛ぶ鳥を落とす、といったような勢いの中国でしたが、いつまでもそうはいかないということです。
  国内にあるさまざまな深刻な問題を自国の経済力の増大だけで覆い隠すことがこれからはいっそう難しくなるのです。
  そこに“落としどころ”があるように思います。
  難しくなることを正当に自覚すれば、中国政府も、周辺諸国にケンカを売るだけの外交経済政策の愚かさに気づくかもしれないではありませんか。
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  しかし、毛沢東周恩来ももういない中国政府には、始めたケンカをうまく収めるための名案も展望もないとなると…。国際社会が連携して、収めるための道筋を中国に示す必要がありますよね。互恵、協力、自由、平等、公平、対話…。
  中国政府が耳を貸すはずがない?
  さあて…。国家統制資本主義が万能ではないことに気づき始めているに違いない中国政府が、覇権主義外交もやはり有効ではないことを認める日が来るのは、案外に、近いかもしれませんよ。
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  いえ、尖閣諸島の領有をめぐって中国政府が、対日戦争を想定しているとは思えません。日中間の相互に入り組んだ経済関係の現実がそんな戦争を許すことはないでしょう。しかしながら、大きく始めた戦争をどう終わらせるかの戦略を政府と軍部が最後まで持てなかったために、国民が悲惨な敗戦を迎えさせられることになった日本になら、自己抑制の重要さを中国政府に悟らせることができる、とは思いませんか?
  “オレが、オレが”の外交・経済運営が長つづきしないことを、日本なら、中国に分からせることができると思いませんか?
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  え?夢のようなことを言うな、ですって?
  そんなことができる政治家が日本にいるのかですって?
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  日本も、少なくとも当面は、中国政府に合わせて、うまいケンカの仕方を考え、それを実行していくしかない、ということでしょうか?
  「不打不成交」を日本も取り入れて?
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