第288回 風化させてならないのは…

  <15歳で満蒙(まんもう)開拓青少年義勇軍に参加し、17歳で関東軍に志願入隊。敗戦後、4年間、シベリアに抑留された>熊本市在住の画家、宮崎静夫という人(85)が「軌跡 生きて描く八十年」(熊本日日新聞社)と題する手記を2013年3月に発表しているそうです。
  【社説:シベリア抑留 政治主導で風化を防げ】(毎日新聞 2013年08月23日 http://mainichi.jp/opinion/news/20130823k0000m070135000c.html)はその手記に触れながらこんなことを書いています。
  [すべてが凍る極寒。地獄をはい回るような飢え。過酷な重労働。<飢えのあまりに私も、煉瓦(れんが)が黒パンに見えたり、鶴嘴(つるはし)で起こしたツンドラが黒砂糖の塊にみえてしまうこともあった>と振り返る。ソ連への忠誠を示すために、同胞が競い合った事実も隠さずにつづっている][第二次世界大戦の終了後、旧満州などから、武装解除した日本人が旧ソ連領やモンゴルへ連行された。厚生労働省では約57万5000人が連行され、約5万5000人が抑留中に死去したと推計している。もっと多かったのではという考えもあるが、全体像ははっきりしない][スターリンが抑留を指令した8月23日に国立千鳥ケ淵戦没者墓苑(東京)で毎年、犠牲者追悼の集いが開かれている。抑留の歴史を決して風化させてはならない]
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  [抑留の歴史を決して風化させてはならない]という主張にはまったく異論がありません。
  しかしながら、この社説が言っていることには“しまり”がないと感じませんか?“歯に衣を着せた”ような物言いだと思いませんか?
  [抑留の歴史]という言葉で何を伝えようとしているのでしょう?
  わたしが“しまり”がないと感じるのは[約57万5000人が連行され、約5万5000人が抑留中に死去した」といった状況になったのは何故なのかが、この社説では、問われていないからです。
  [スターリンが抑留を指令した]という事実は曲げられられないものでしょう。しかし、抑留されることになるときまで[武装解除した日本人]が[約57万5000人]も[旧満州など]に残っていたのは何故だったのでしょう?
  日本の政府と軍部が彼らをそこに遺棄していたからでしょう?
  できる限り少ない被害で彼らをそこから撤退=引き揚げさせる方策を軍部がまるで持っていなかったからでしょう?
  “大東亜戦争”と太平洋戦争をどう終結させるかの戦略を日本の軍部が持っていなかったからでしょう?
  ポツダム宣言受託後の日本に対してソ連軍がどう出てくるかにつては見当さえついていなかったからでしょう?
  そういうことに言及せずに“シベリア抑留”を語っていいのでしょうか?
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  [井上ひさし『一週間』刊行記念] 小説家井上ひさし最後の傑作 大江健三郎 (波 2010年7月号より) 
  [その過程でかれは、捕虜たちの生活の極度の悲惨が、ハーグ陸戦法規の俘虜条項に赤軍も日本軍も無知であったことに因るのであり、収容所でもそのまま踏襲されている旧軍幹部の秩序がそれを拡大させていると気付きます]
 この書評で大江健三郎氏が“かれ”と読んでいるのは[じつは並じゃない内面]をもっている被抑留者である、この小説の主人公、小松修吉です。(http://www.shinchosha.co.jp/shinkan/nami/shoseki/302330.html
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  スターリン赤軍がハーグ陸戦法規の俘虜条項を無視して日本人捕虜を虐待したという事実を軽く見てはなりません。
  しかし、ハーグ陸戦法規の俘虜条項の存在とその内容を日本兵に知らせていなかった日本軍部には問題がなかったでしょうか?
  ハーグ陸戦法規の俘虜条項を知らなかった日本の将兵が、“南方”で、捕虜とした敵兵をどう扱ったかも、ここで併せて思い出す必要がありはしませんか?
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  310万人とも330万人ともいわれる日本人戦死者のほとんどが餓死者か傷病死者だと見られているそうですね。銃砲、銃弾、食料、医薬品などの十分な補給計画がないままで、日本軍部は、兵士を前線に送り込んで、無残に死なせたわけです。
  おなじ日本軍が、満蒙方面では60万人に近い日本兵を遺棄して、スターリンに連れ去らせていたのです。
  根はおなじところにあります。
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  シベリア抑留に関して[風化させてはならない]のは漠然としたその[歴史]ではなくて、むしろ、60万人に近い日本兵を遺棄し、スターリンが彼らを不当に利用するのを日本軍が許したという、紛れもない事実ではないでしょうか?
  戦争終結戦略を持たずに開戦し、戦線を拡大し続けた軍部の無責任・無能ぶりに触れずにシベリア抑留を論じる?
  毎日新聞の上の社説だけではありません。有力政治家たちを含むほとんどの日本人は、旧日本軍の無責任・無能ぶりにはいまだに、あまりにも寛容です。そこから目を、おそらくは、意図的に逸らせつづけています。
  上の社説が言うように、[亡くなった人たちの遺骨収集]をシベリアででも進めるように、と現日本政府にも求めつづけるべきです。ですが、それが情緒だけに基づいているのでは十分ではありません。(慣用句を使っていうと)それでは[亡くなった人たち]も浮かばれないのでは?
  “南方”で、“北方”で、無責任で無能な日本軍に見殺しにされ、遺棄された人たちの無念に心を向けない“慰霊”はまがい物ではないでしょうか?
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  【第276回 「国のためだ。喜んで餓死しろ」】(2013-05-10 http://d.hatena.ne.jp/kugen/20130510/1368137324
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