第130回 完敗・自民党は生き残れるのか

  衆議院議員選挙の結果が出ました。自民119、公明21、民主308…。
  報道機関が選挙運動中に実施した世論調査が予測したところから大きくは離れないもの=“自民党の完敗”となりました。

  日本の国政選挙に詳しいジャーナリストや学者、評論家たちは、大方の見方としては、自民党の獲得議席数が180前後なら、この党は野党として辛うじてやって行けるだろうが、150辺りまで下がると、まして100ぐらいになってしまうと<そのうちに分裂するか、悪ければ、解党してしまうこともあり得る>と見ていました。
  
  一方、<苦言熟考>は、第129回のエッセイで、自民党の選挙後について、惨めなまでに大敗すれば自民党は、ないとは言い切れない“民主党の暴走”を食い止めるだけの「野党力」がない状態にまで凋落するのではないか、と“憂えて”いました。
  「野党力」を失った、きのうまで超長期政権の座に安住してきた自民党に“再生”あるいは“蘇生”は可能でしょうか?

  結論を先に言えば、<苦言熟考>は、自民党が“蘇生”できるかどうかは、この選挙で獲得した(失った)議席の数ではなく、この敗北をどう受け止めるかにかかっていると考えます。
  
  “蘇生”できる。なぜなら…。
  当選した、比較的に若い自民党議員にとっては幸いなことに、自民党をここまで無能にしてきた多くの古参有力議員が落選したことで、これからは、党の意思決定に関する過去のしがらみに囚われずに、若手“有力”議員を中心にして新しく自由な発想で党運営ができるようになるはずだから。

  *落選した“古参有力”議員:海部俊樹元首相、山崎拓元幹事長、太田誠一前農相、久間章生元防衛相、川尭総務会長、中川昭一財務相島村宜伸農水相中山太郎元外相、赤城徳彦元農相、丹羽雄哉元厚相、船田元元経企庁長官、堀内光雄通産相柳沢伯夫厚生労働相保岡興治前法相、尾身幸次財務相谷津義男元農相、深谷隆司通産相杉浦正健元法相、伊藤達也元金融相、伊藤公介元国土庁長官小坂憲次文部科学相

  いやいや、そう甘くはない。
  若手“有力”議員が“有力”になったのは、要するに、古参議員に追従してきたからで、新しい、自由な発想などをいまさら彼らに期待するのは無理というものだ。
  選挙区選挙で敗れながら比例で復活した議員も多くがいまさら新鮮になりようがない“大物”ばかり…。

  町村信孝〈元〉官房長官伊吹文明〈元〉党幹事長、与謝野馨財務相佐藤勉総務相塩谷立文部科学相野田聖子消費者行政相、甘利明行革担当相、林幹雄国家公安委員長小池百合子(元〉防衛相、中川秀直〈元〉党幹事長、武部勤〈元〉党幹事長

  では純新人の当選者は?
  <自民党の新人はわずか5人(4・2%)にとどまり、前職が114人と95・8%に上った>(東京新聞
  新しい“血”が注入される可能性は事実上なさそうです。

  つまり、この選挙を辛うじて生き残った自民党衆院議員の中には、結局のところ、この完敗の原因・理由をきちんと分析して党の過去の誤りを正し、新たな自民党像が描ける者は一人もないのではないか、ということですね。
  参考:<【世襲自民党は55人で同党当選者の半数近い46・2%を占めた。一方、民主党は32人で10・4%にとどまった>(産経新聞
  
  さて、その“分析”…。
  自民党完敗の大きな要因の一つは、社会保障制度の行き詰まりや社会格差の異常な拡大などという、この選挙時の日本の実情への反省がほとんどなかったことです。国民の幅広い声に耳を傾けなかったことです。

  ほんのちょっと考えてみれば分かります。たとえば、こういうのはどうでしょう?
  麻生さんは民主党のマニュフェストを批判して「彼らには財源がない」と叫びつづけました。しかし、第一に、財務官僚組織との情報交換の手段と機会が十分にあるわけではない野党側に細かい財源提示ができないのは当然なのですし、第二に、そう叫ぶ麻生さんの党は、年間で50兆円の税収に対して80兆円もの予算を編成施行しています。30兆円もの借金をしてしか運営ができない、足りなければ借りればいいという、そんな国に日本をしてきたのは、50余年間も政権を握ってきた自民党なのですよ。
  <子孫にこれ以上の借金を残さないために、政策には財源という裏づけが必要なのだ>などと麻生さんは、恥ずかしさも見せず、真顔で言っていました。ですが、これ以上はできないというところまで借金を積み上げてきた(読売新聞によると累積総額580兆円!)のは、ほかのどの党でもなく、超長期政権の保持者だった自民党自身なのです。
  国民の多くにはその事実が見えていました。ほかの多くの論点がそうであったように、ここでも、自民党の主張には説得力がまるでありませんでした。
  少子高齢化についてはどうでしょう?言うまでもなく、これはきのうやきょうに始まった問題ではありません。こういう日が来ることは何十年も前から分かっていました。さて、その間、事実上は、政権政党であるつづけた自民党は何をしてきたでしょうか?こういう、族議員や官僚の利権に直接にはつながらない問題についてはすべて、自民党はほとんど手をつけずに来ています。いまになって急に<わが党が責任を持って…>と言い始めても、それを信じる国民はいません。

  すべてがそうでした。
  麻生さん以前から、自分を鏡で見る習慣が自民党にはまるでありませんでした。自分の非を本質的はまったく認めずに威勢のいいことばかりを叫ぶ自民党に国民はうんざりしていたのです(だから、小泉元首相の思いつき「自民党をぶっ壊す」発言があそこまで支持されたのです)。
  ですから、なんとか今回当選した自民党議員が最初にしなければならないのは敗因の冷静で徹底的な分析です。

  小選挙区制ではこういう“地すべり的な政権移動”は、まあ、あるものだ、というような、技術論的な分析結果を出すようなら、自民党に明るい未来はもうあり得ません。まして<政権交代ムードに負けた>などと主体性を欠いた総括をするとすれば、それは自らに下す“死亡宣告”そのものもです。

  独裁・軍事国家を除けば、世界のどの国でも“政権交代”は普通に起こっていることなのに<民主党が政権を取れば国が乱れて取り返しがつかないことになる>などと麻生さんと自民党は国民を“脅迫”しましたね。政権交代で国が乱れて収拾がつかなくなった民主主義国家がいままで一国でもありましたか?あれほど政権交代が頻繁だったイタリアでさえ(失礼!)、国はつぶれてはいませんよ。
  大半の国民には、自民党のこんな“脅迫”にはまったく根拠がないことが分かっていました。
  民主主義を理解していればけっして口にしてはならない“脅し”だったのです。
  それに、自民党にも<次回の選挙><次の機会>がやって来ます。そのときに<小泉、安倍、福田、麻生とでたらめ総裁を生み出しつづけた、あの自民党が再び政権を取れば、国民の暮らしはまた、あのころ同様に惨めになります。日本はつぶれます>と民主党に言われても仕方がないような道筋を自らつけておくような戦術は“愚の骨頂”だと思えます。
  
  50余年間もつづいてきた“政・財・官”の三位一体路線がついに行き詰ったのだという現実を直視することを頑なに拒否しつづけ、こうした、国民への的外れの“脅迫”を政党存続の最後の戦術にして自己満足しているようなら、自民党には“蘇生”“再生”の道はないでしょう。
  自民党は選挙戦の終盤に、ほとんど最後の力を振り絞るかのように、反民主の“ネガティヴ・キャンペイン”に突入しました。そんな手法しか思いつかなかった“知力”と“品格”の欠如ぶりを“これでもか”とばかりに国民に見せるだけだったのに。

  自民党が陥っている危機は、減少した議席数が示している=だれの目にも見えているものよりも、うんと深いはずです
  官僚への過大な依存や直接利権団体の偏重、弱者軽視など、数限りないほどある過去の誤りを真摯に認め、それを修正していく姿勢を見せないようであれば、この党は本当に“解党”“消滅”まで行ってしまうかもしれません。
  ただ、党内のだれに修正ができるか、となると…。
  自民党完敗の“A級3戦犯”(安倍、福田、麻生)の内の一人である安倍元首相の「今回は政権交代という特別な嵐だった。嵐は長く続かない」「民主党はいずれ馬脚を現す。厳しく追及していく」(朝日)という能天気な反応が党内の典型的なものなら、自民党の将来は、やはり、暗澹としたものになるしかありません。
  
  民主党についていえば、第一に、この完勝の意味を取り違えて傲慢にならないこと。“晩年”の自民党と同じ轍を踏んではなりません。国民の声・意見にちゃんと耳を傾けつづけなければなりません。鳩山由紀夫代表自身の政治資金収支の報告過誤問題を軽率に扱わないことも重要です。
  ですが、当然のことながら、謙虚にしているだけでは政権政党は務まりません。民主党政権が成功するかどうかは、ひとえに、“対官僚戦争”をどう戦うか、それにどう勝つかにかかっています。政権獲得後の数年間の“主戦場”はここです。“天下り”を含めた理不尽な既得権益を“守旧派”官僚からどこまで奪うことができるか。予算編成や政策実行に際して、これまで日が当たらなかった“開明派”官僚にどこまで協力させることができるか。
  民主党の背後には、この選挙で同党に投票してくれた国民がいます。民主党がこの“対官僚戦争”に勝つことを国民は望んでいます。勝てば、民主党政権が一期で終わることはありません。次回の参議院議員選挙にも民主党は勝つはずです。この参院選に勝てば、民主党は当然、ある程度の長さで政権を維持できることになります。

  ただし、民主党は“爆弾”を抱えています。いわゆる“チルドレン”を多数膝下に抱えることになった小沢代表代行です。“キングメイカー”気取りの森元首相や“政界の黒幕”志願者の渡辺読売グループ会長を間に入れ、福田前首相と語らって<自民・民主の大連立>を、自らの党に相談もせずに画策したこの人の考えと行動しだいでは、民主党政権は、かつての細川政権のように、短命に終わる可能性もあります。
  小沢氏は、戦術の上ではこの選挙での民主党勝利の第一の功労者であるかもしれませんが、その根本のところの体質は、田中角栄元首相の下で培われた、すこぶる自民党的なものです。「カネ」「裏技」「独断」「豪腕」「壊し屋」などなど、民主党を突如危機に陥れる要素を、いくつも持った人物です。
  想像してみてください。その「壊し屋」小沢氏が急に何かに不満を覚えて<小沢“チルドレン”>+<生き残った自民党員>(+公明党議員?)の議席数を数え、「ん、最大会派が組めるな」などと考える状況を…。