第129回 小泉さんは大法螺吹きじゃなかった?

  日本の政界に大きな“地すべり”が起ころうとしています。
  衆議院議員選挙の投票日まで残り一週間余りとなったところで実施された「朝日」「読売」など四大新聞の世論調査によると、民主党は単独で300議席以上を獲得することになるというのです。「毎日」は320議席もあり得るとさえ読んでいます。
  一方の自民党は、改選前の300議席から、半分の150はおろか、100にも届かないかもしれないと見られています。
  “選挙は水物”だから、開票されるまで結果は分からないと言われますが、新聞各社の調査結果は、特に自民党党員に“衝撃”として受け取られているようです。おそらく、ただ一人、あの人を除いて…。

  “あの人”というのは、ほかでもない、小泉元首相です。
  いやあ、小泉さんはやりました!構造改革を事実上放棄した自民党を、約束どおりに、ぶっ壊すことに成功したのです。
  30日に投票が行われる選挙で自民党を完敗させるという形で!

  前の自民党圧勝衆院選に向かっていたころ、小泉さんは<改革を邪魔するなら自民党をぶっ壊す>というようなことを叫んでいましたよね。なのに、安倍さん、福田さん、麻生さんと、自民党総裁=首相は三代つづけて、なし崩し的に、国民への説明もなしに、“小泉構造改革”を後退させました。小泉内閣の一閣僚だった麻生さんにいたってはとうとう<俺はもともと賛成じゃなかった>と居直ってしまいました。
  ですから、30日の投票で、各新聞社の予想どおりに自民党が壊滅的に敗北するとすれば、それは、小泉後の三代の政権が改革の手を緩めたからだ、と小泉さんは考えるでしょう。改革路線を放棄した自民党はぶっ壊されても=選挙で致命的な大敗を喫しても仕方がない、と思うでしょうね。実際に、小泉さんは最近何度か<たまに(自民党が)負けるのも悪くない>というような発言をしています。
  いやあ、小泉さんはただの大法螺吹きではなかったのですね!?<やることはやった>のですね。

  待て待て…。そうではなくて…。
  自民党が完敗するのは、一つには<構造改革の行き過ぎ><市場競争原理主義の破綻>で生じた社会格差などに対する国民の批判・不満が爆発したからではないか?麻生さんたちが構造改革路線を放棄したからではなく、もともと小泉構造改革政策が欠陥品だったからではないか?
  自民党が完敗するとしたら、小泉さんはむしろその責めを負うべきで、自民党をこんなふうにぶっ壊す“権利”はあの人にはなかったのではないか?

  いえ、いえ、自民党が完敗するのは、小泉改革を、部分的にでも、実行したからか、それとも、ないがしろにしたからか、という議論にはまったく意味がないと思われます。
  自民党がここまで窮地におちいったのは、実は、前回の衆院選で圧倒的な大勝を収めたから、だからです。そうに違いありません。

  あの大勝で自民党は(同党の今回のマニフェストにある「責任力」という言葉に倣っていえば)小泉さんの代まではまだいくらか残っていた「与党力」を失ってしまったのです。公明党と組めば、どんな法案も通すことができる、という状態の中で、野党とどう折衝すればいいか、野党にどう譲歩すればいいか、つまりは、一部の国民の意見・要求をどう取り入れるかなどについて真剣に検討して党の力を磨く機会を自ら捨ててしまったのです。ほんの数年間で、すっかり<独りよがり>の政党に成り果てていたのです。

  たとえば、衆院の与党議席数が三分の二以上という事実を前にして安倍さんがどこからか突如持ち出してきたあの復古・極右主義の“日本像”を思い出してください。あの人は<いまなら何でもできる>と思い上がっていたのです。勘違いをしていたのです。
  <三分の二>を背景にした国民無視の傲慢な態度。
    
  つまり…。30日に自民党が100議席ぐらいまで凋落するとすれば、それは、やはり、小泉さんが自民党に300議席を与えたからなのです。その議席数の上にあぐらをかいて自民党が野党と多くの国民に対して<聞く耳持たぬ>の政治姿勢を貫いたからです(“後期”高齢者医療制度の導入も一例でしょう)。
  
  特に、繰り返される議席世襲を通して、自民党はそれ以前に、とっくに、全体としての“知力”と“体力”“活力”を弱めつづけていました(閣僚の三分の二が世襲議員!)。ほとんど無条件で自民党に投票してくれる、農業団体や医師会などの利権団体の声だけを聞いていれば選挙に勝ってきたことで、幅広い国民層の意見を汲み取り、それを政策として実行する「政治力」を失いつづけていました。健全な「与党力」を発揮することなどは望めない状態になっていました。この選挙を見つめる国民にはそのことがはっきり見えていました。見えていなかったのは自民党だけでした。

  新聞の調査通りに自民党が完敗するとすれば、それは自業自得だといえます。
  50余年間にのぼる長期政権では、自民党でなくても、政権の基は腐ります。腐っていることに気づかなければ、政権は死期を早めます。自民党はその、死ぬ時期に来ているのです。

  ただ、ちょっと心配されるのは、完敗後の国会で自民党が「野党力」をちゃんと発揮できるだろうかということです。選挙キャンペイン中にすでに野党化してしまっている自民党による民主党批判を聞いていると、自民党には立派な野党になる力も残っていないのではないかと思えます。
  たとえば、最近、自民党は、そんな方針・政策は無効であることがすでに明らかになっている、あの“安倍復古・大日本帝国崇拝主義”路線を再び持ち出した上に、民主党日教組という、根拠のない等式を振りかざして、卑劣な、最後の悪あがきキャンペインを始めました。(http://www.the-journal.jp/contents/yoronz/2009/08/post_10.html) 相手を蹴落とすためになら、嘘だろうと何だろうと言ってしまおうという、民主主義を愚弄した、危険なファシズムの手法をとうとう自民党は使い始めたのです。自民党はそこまで落ちきってしまったのです。そこまで“知力”を失っているのです。そんな手法が有効だと信じるしかなくなるほど、大半の国民の考えからかけ離れてしまっているのです。

  民主党が単独で衆院議席の三分の二以上を占めるようになれば、ないとは言い切れない“民主党の暴走”を食い止めるために自民党にガンバッテもらわなければなりませんが、その自民党が思いつく(与党としては最後の?)政治路線が<大東亜戦争万歳>と変わりないというのでは、あまりにも時代錯誤、現状無視で、情けないとしか表現のしようがりません。そんな政党には野党の仕事も務まらないに違いありません。

  先のことを考えれば、「与党力」をすっかり喪失させて自民党に引導を渡してくれた小泉さんに、国民は素直に感謝していていいのかどうか、迷ってしまいます…。
  いやあ、実に皮肉なことです。