第270回 「事情判決の法理」の無責任

  【1票の格差、札幌高裁も「違憲」…無効請求棄却】(2013年3月7日23時45分 読売新聞)  
  <最高裁が「違憲状態」とした選挙区割りで行われた昨年12月の衆院選違憲だとして、弁護士グループが北海道3区(札幌市豊平区など)の選挙無効(やり直し)を求めた訴訟で、札幌高裁(橋本昌純裁判長)は7日、「合理的期間内で是正せずに選挙が行われた」として「違憲」の判決を言い渡した><ただ、選挙無効の請求は棄却し、6日の東京高裁と同じ判断となった>
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  上の記事に見られるような<違憲宣言をしながら、選挙を無効とする影響の大きさなどを考慮して請求を棄却(ききゃく)する>(毎日新聞 石川淳一氏)ことができる−という考え方を、法律家は「事情判決の法理」と呼ぶのだそうですね。
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  そんな法理があることを知って、すぐに思い浮かべたのがマニラ首都圏での交通取締りの状況の一端です。
  乗用車やバス、トラック、ジープニー、タクシーなどのさまざまな自動車で満ち溢れんばかりになっている道路では、普通には、交通違反を犯した運転手に交通取締官は反則切符を切らないのです。違反を見逃すのです。違反した車を止めるスペイスが道路上、道路わきにないからです。止めて切符を発行しているあいだに渋滞がますますひどくなるといったマイナスの「影響の大きさ」を恐れてのことです。
  「事情」を考慮した“見逃し”です。まあ、理にかなった“見逃し”だと言えないこともありませんね。
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  ところが…。
  その「事情判決の法理」のようなものを道路交通取締りにも適用することが普通になると、一部の運転者が「渋滞中の道路では、軽い交通違反を犯したぐらいでは捕まらない」と考え始めます。もっと進んで「自分の車を前進させるためには、交通違反運転するのが当たり前」と思う者も出てきます。
  その「交通違反運転が当たり前」という考えが渋滞をさらに悪化させるのではないかとは考えもしないで。
  近所の自動車修理所のマネジャーが数年前に、雑談のあいだにこんなことを言っていました。「交通取締官がいないところでは交通規則はないも同然、好きに運転していいのだ、と多くのフィリピン人は考えているんだ」
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  札幌高等裁判所の7日の「違憲」判決は、実際には<最高裁が「違憲状態」とした選挙区割りで行われた昨年12月の衆院選>の違法性を見逃しています。
  昨年12月の衆院選は「違憲」なのだが、選挙結果は「有効」だ?
  なんという不条理でしょう!
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  国会の衆議院参議院の両方でそれぞれ三分の二以上の賛成がなければ「改正」できない、という第96条だけを、日本国憲法の全体を改定する前に変えてしまおう−という動きが活発化しているようですね。
  「違憲」状態の国会が、一部であるにしても、憲法自体を書き換える?
  「違憲衆議院議員が?
  なんという“身のほど知らず”でしょう。
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  そんなことが許されてはなりません。
  各政党の私利私欲がぶつかるために、一票の格差を正すための選挙法改正ができない(=どうにもならないほどのひどい交通渋滞がある)から、憲法違反(=交通法規違反)は当たり前−ということなのですから。
  「無効」判決がないこと(=交通取締りがないこと)をいいことに、どんなことでもやってしまおう−という破廉恥極まりない考えなのですからね。
  そういう人たちにとっては、“順法精神”というのはとっくに死語となっているのでしょうか?
  「違憲」の選挙だったけれども絶好の機会だ、おれたちが政権を握っているあいだにさっさと憲法(の一部)を変えてしまおう−という態度は、道路の渋滞を理由に、たとえそれが交通違反であっても、自分の車だけは先に進めよう−というものと違わない、低俗で不遜なものです。
  変えて(=進んで)しまったあとに、さらにどんな悪い事態(=渋滞)が起こるかについては考えていないという点でも。
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  そういう破廉恥な人たちが破廉恥なことをする前に、日本の裁判所は「違憲であるから無効である」という当然で理にかなった、国民に分かりやすい判決を下すべきです。
  憲法というのは国の立脚点なのですよ。「選挙自体は違憲だけども、その結果は有効」などというあいまいさに裁判所が逃げ込んでいてはなりません。そんなところに逃げ込んで、「違憲」議員たちに好き勝手に振舞わせてはなりません。
  「違憲だから、選挙結果も無効。だから、選挙法を変更し、一票の価値を平等にした選挙を(「合理的期間内」である)XXXX年X月X日までに終えなさい」という明快な判決を裁判所は下すべきです。筋を通すべきです。
  マニラ首都圏の無謀運転者なみの思考しかできない“改憲派”の人たちが甘い汁を吸いつづけられる、あいまいな判決を出して平然としている裁判所をどう信用しろというのです?
  「事情判決の法理」を口実=隠れ蓑にするのを裁判所はもうやめるべきです。司法府としての、当然の責任を断固として果たすべきです。

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  【昨年衆院選違憲・無効と判決 広島高裁、初のやり直し命令】(2013/03/25 17:05 【共同通信】)
  <最大2・43倍の「1票の格差」が是正されずに実施された昨年12月の衆院選をめぐる全国訴訟の判決で、広島高裁(筏津順子裁判長)は25日、小選挙区の区割りを「違憲」と判断し、広島1、2区の選挙を無効とした。無効の効果は「今年11月26日の経過後に発生する」とした><同種訴訟の無効判決は初。直ちに無効とはならないが、格差の抜本的な是正に乗り出さなかった国会に司法が選挙のやり直しを命じる異例の事態となった><一連の訴訟で小選挙区についての判決は8件目で、違憲判断は6件目><昨年11月に議員定数を「0増5減」する緊急是正法が成立したが、衆院選には適用されなかった>
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  【岡山2区「猶予なし」無効 昨年衆院選一票の格差 判決】(東京新聞 2013年3月26日 14時08分)
  <判決理由で片野裁判長は「昨年十一月に駆け込み的に緊急是正法を成立させたにすぎず、投票価値の格差是正のための措置を行ったとは言い難い」と指摘。さらに判決が確定すれば、岡山2区の選出議員がいなくなる状態について「長期にわたり投票価値の平等に反する状態を容認する弊害に比べて政治的混乱が大きいとはいえない」との判断を示した>

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