第264回 悲しいことに…

  日本人男性がまた殺されました。
  【フィリピンで日本人男性撃たれ死亡 マニラ近郊の路上】(朝日新聞2013年1月4日0時1分)<【ハノイ=佐々木学】フィリピン・マニラ近郊のカビテ州ダスマリニャスの路上で昨年12月29日、神奈川県出身の新倉英雄さん(61)が銃で撃たれ死亡した。地元の警察が殺人事件として捜査している><警察や地元の報道によると、新倉さんはフィリピン人の女性と結婚し、昨年10月から現地に移り住んでいた。この日午後3時過ぎ、妻の親類の女性と市場で買い物をしていたところ、背後から近づいてきた男に頭部を撃たれた。男は近くに止めてあったオートバイで逃げたという><オートバイは、妻とフィリピン人男性との間に生まれた男性(29)の名義だった。警察が関係を調べている>
  2006年5月にフィリピンに移住して以来、「日本人男性、殺される」というような記事を何度読んだでしょうか。
  統計的な正確さにはこだわらずに、自分の記憶と想像力に頼って言いますと、フィリピン全体では毎年、平均すると、4人から5人の日本人男性が殺されているようです。日本とフィリピンの暴力団に麻薬取引や保険金詐欺が絡んだ事件だと見られるものを除くと、そのうちの2人から3人ほどが、ちょうど上のニュースと似た状況で殺されています。
  “似た状況”というのは…。
  1.事件が起こったのが「マニラ近郊」であること。これに(マクタンを含む)セブ島が加わることがありますが、ほとんどの“日本人男性殺人事件”はマニラ首都圏のど真ん中でではなくて、そこから自動車で数時間以内という場所で起こっています。
  そういう“地方=田舎”には、警備会社と契約しているコンドミニアムやサブディヴィジョン、あるいはヴィレッジといった、比較的に安全な居住環境はまずありません。「日本人男性」もふつうは、“家族”とともに、だれでも自由に立ち寄ることができる一般住宅に住むことになります。近辺の住人にもその暮らしぶりを、ほとんど余すところなく、見られてもいるわけです。
  2.日本人男性がフィリピンに「移住」してフィリピン人女性と結婚していること。内縁関係にある場合もあるのかもしれません。
  3.日本人男性が若くはないこと。ほとんどが50歳以上であるようです。日本では女性との縁に恵まれずにフィリピン人女性と一緒になった、というケイスも多いのでしょう。
  4.自宅やその周辺でではなくて「買い物」中に襲われていること。この「買い物」には妻か「親類」の者が必ず同行しています。多くの日本人中高年男性は、特に“田舎”では、自分一人で「買い物」に行くことを危険だと感じているはずです。妻や親類が“危険だ”と警告して、一人で外出させないのだとも考えられます。
  5.同行している“妻”や“親類”の者は殺されも怪我をさせられもしていないこと。いつも「日本人男性」だけが殺されています。(正確に)狙い撃ちされているのです。
  6.殺人道具として拳銃が使用されていること。フィリピンではいまでも、拳銃は簡単に手に入る凶器であるようです。管理が甘い軍や警察のだれかが横流しするか、過去にそうされたものが出回っているのでしょう。それに、だれかのために拳銃を売ったり入手したりしてやって小金を稼ごうという者も(特に、貧しい人びとの中には)少なからずいるに違いありません。何がしかのカネが得られるのなら、頼まれて他人を殺すことも厭わない、という者を見つけ出すのも、日本人が想像するよりはうんと容易であると思われます。
  6.殺人犯人がモーターバイクを使っていること。「マニラ近郊」で「買い物」に行く場所に到る大小の道路は、ふつうは、乗り合い自動車“ジープニー”や、サイドカーつきのモーターバイク“トライシクル”、それに当然のことながら、買い物客などで混雑しています。犯人が逃走手段として、操縦性が高いモーターバイクを使うのは、至極当然だと思われます。
  上の事件が過去の“似たもの”と違っているのは、使われた「オートバイは、妻とフィリピン人男性との間に生まれた男性(29)の名義だった」ことが分かっていることです。その後の報道では、すでに、「妻」と、実行犯、そのほか数人が逮捕されているようです。
  フィリピン人女性と結婚したり内縁関係になってフィリピンに移住する日本人男性は(特に“田舎”に住む、貧しい人びとにとっては)すべて“金持ち”です。そう見られます。妻の家族や親類にとっても同様です。日本人男性は、大なり小なり、何らかの形で家族や親類に施すことを、常に期待されているわけです。日本人男性が真に歓迎されるのは、その“施し”ができている間だけだと考えて、まず、間違いないでしょう。移住する日本人男性でそこのところが分かっている人はどれぐらいいるのでしょう?
  特に危険なのは、購入した土地と住宅を妻の名義にしてしまった、という状況です。いえ、そもそも、フィリピンでは、外国人が土地を所有することができません。ですから、それでも、どうしても土地つき住宅を持つ夫婦になりたいということになれば、(日本人の名義で土地を長期リースするという手もあるようですが、妻がそれを嫌がれば)妻の名義にするしかありません。つまり、自分たちの住まいがほしいと妻が言い出すとき、妻は、土地は自分のものにする、と言っているわけです。それが“危険”だというのは、妻のこの求めを呑んでしまった辺りで、「日本人男性」の“価値”が一挙に下落してしまうからです。不幸なことに、施す何かをそれ以上は持たない日本人の夫は、悪い妻にとって、その時点で、ただの“お荷物”となるわけです。その一方で、土地を含めた住まいを購入することを固く拒みつづける「日本人男性」が、悪妻にとっては“役立たず”であることも疑いありません。
  上の事件の実行犯人は、この日本人男性に「恨みがあった」と供述しているようです。仕事でフィリピン人を使う日本人駐在員が雑誌などで告白しているところによれば、ふつうのフィリピン人は(自分が実はどういう人物であるか、何をしたか、あるいは、しなかったかなどとは関係なく)ひどく面子を重んじるようです。彼らにとっては、他人の前で恥をかかせられた、というのは、いまの日本人の理解を超える大きな屈辱であるようです。この日本人男性と実行犯人とのあいだにも何かがあったのだと考えてもいいのかもしれません。
  しかしながら、この事件では「妻」もすでに逮捕されています。“カネがらみ”と考えるのが妥当なところではないでしょうか。
  2年ほど前に移民局でたまたま声を交わした、かつて日本に住んでいたことがあるという、フィリピン人女性を“妻”にして“マニラ近郊”に住んでいるスリランカ人男性が、日本語でこう言っていました。「日本人はバカだからね。外国のこと、外国人のことを何も知らないからね。すぐに騙されるよ」
  あれからは、日本人男性殺人事件の報道に触れるたびに、あのスリランカ人男性の言葉を思い出します。
  いまの平均的な日本人は、貧しさというものがどういうものであるかを、自らの体験としては知りません。貧しい国で暮らした経験もないのがふつうです。ですから、豊かな“先進国”が集まっているヨーロッパででさえ、日本人旅行者はしばしば、強盗、置き引き、すり、詐欺などという犯罪の被害者になってしまいます。
  ましてや、それが…。
          *
  上の事件のその後の展開は、共同通信によると(2013/1/5 18:59)…
  【フィリピン人妻ら5人を逮捕 日本人男性殺害容疑で】<【キダパワン(フィリピン南部)=共同】フィリピンのマニラ首都圏郊外のカビテ州で昨年12月、神奈川県出身の新倉英雄さん(61)が拳銃で撃たれて殺害された事件があり、地元警察が殺人容疑で40代の妻メリンダ容疑者らフィリピン人5人を逮捕していたことが5日、国家警察などへの取材で分かった><警察などによると、メリンダ容疑者は新倉さんから家庭内暴力を受け、恨みが募っていたと供述し、容疑を認めている。実行犯とみられる男に10万ペソ(約21万5千円)を支払い、殺害を依頼したという>
  犯行の動機についての供述にはすぐに二点の疑問が生じます。第一には、妻の家族や親類、近所のフィリピン人住人に囲まれて暮らしていたはずの日本人男性に、あとで殺されるほどに悪質な「家庭内暴力」をふるいつづけることがはたしてできただろうか、ということ。第二には、殺しの代償とされている大金10万ペソを犯人たちはどこから工面したのだろうか、ということ。