もうずいぶん前のことになります。
ロサンジェルス市の東隣にあるモンタレイパーク市のゴルフ練習場で、温厚な、英語のネイティヴスピーカーの男性と知り合いました。ニューヨーク州の、プロテスタント系の大学、シラキュース出で、以前には牧師だったこともあるというこの男性とは、もちろん、ゴルフスィングのどこを直せば上達するかなどについても互いによく、真剣に話し合いましたが、練習の合間には、どうということもない世間話やジョウクなども楽しんだものです。
さて、何を話していたときだったか、あるとき、彼がこう話し出しました。「中米からの移民のおばさんの知り合いがいるんだが、この女性が先日、息子のためにあした、パーティーを“OPEN”すると言ったもんだから、パーティーは“OPEN”するのではなくて“GIVE”するものだと直してやったよ。…もしかしたら、中米の言葉では“OPEN”に当たる単語を使うのかな?」
そのことについては知識がありませんでしたので、わたしはとにかく「なるほど」と反応し、そのあと、控えめな口調で「だけども、“GIVE”よりは“THROW”の方がよかったのでは?」と自分の思うところを彼に伝えました。すると、彼は驚いたように目を見開いて「あ、そいつだ。俺もそう言ってやるべきだった」と言って、大きくほほえみました。日常的には“GIVE”よりは“THROW”が使われることが普通だということに同意してくれたのでした。…英語を外国語として使う日本人の意見に。
彼は見かけどおりに、正直で、心が広い人物でしたし、言葉をそこまでていねいに使おうとしている人間の一人でもあったのですね。
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ところで、わが“公共放送”日本放送協会(NHK)…。
NHKが使う日本語がますますおかしなものになっていることを<苦言熟考>はこれまでに何度も指摘してきました。そのことが日本人の論理的な思考力を衰えさせていると警告してもきました。
NHKに改善の兆しは見えません。いえ、自らが使っている日本語に大きな問題があることをNHKはまったく自覚していません。
ほんの一例。たとえば<矢先>という単語。
NHKはいまだに「…小学一年生になった“矢先”にこの事故に遭いました…」というふうに平気で使います。「直後」という意味です。だれも、なぜ<矢の先>というのだろうとは考えません。“矢の先”だったら矢は的にまだ届いていない=事はまだ起こっていない=小学一年生にはまだなっていない=はずではないか、つまり、ここでは“矢先”は使えないのではないか、と疑う者はいないのです。そこまで日本語をていねいに使おうという人がいないのです。
NHKではだれも、たとえば、<事のまさに始まろうとする、ちょうどその時>「出かけようとした矢先の来客」という現代国語例解辞典(小学館)や<物事の、まさに始まろうとする際>という新潮国語辞典の説明を読んだことさえないに違いありません。「矢先」は事実上は「直前」という意味なのです。「出かけようとし(てい)た矢先の来客」というのは、当然のことながら、「出かける“直前”の来客」なのです。「出かけた“矢先”」という表現はありえないのです。「一年生になる“直前”にこの事件に…」という状況でなければ「矢先」は使えないのです。「一年生になった“矢先”に」というのはまったくの間違いでしかないのです。
いやいや、NHKが使う日本語は間違いだらけです。受信料をとっておきながら、悪い日本語の普及にまい進する?そんなことが許されてはなりません。“公共放送”NHKは自らが使う日本語を正す運動をいますぐに組織の中で起こすべきです。日本国民への義務として…。
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モンタレイパークのあのゴルフ友達を思い出すことがこのごろやけに多くなっています。
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NHKといえば…。ふと思い出したので書いておきます。
ラグビーの中継放送。たとえば、先日行われた早稲田と明治の大学対抗戦。アナウンサーが「あ、明治、ターンオーバー(TURN OVER)!」と叫びます。
英語にある程度親しんでいる者なら、当然にも、明大がボールを早大に渡して(奪われて)しまったのだと思います。ところが、実際には、明大がボールを早大から奪っています。アナウンサーは、こういう場面で使うべき「テイクアウェイ(TAKE AWAY)」(ボールを相手ティームから奪う)という言葉を知らないのです。知らないで、正反対の「ターンオーバー」(ボールを相手ティームに渡してしまう)を使っているのです。
解説者も同様です。「早稲田は、ターンオーバーが多いことを、監督がすごく誇りに思っていますよ」などと語ります。相手にボールを渡す(奪われる)ことを誇っているようでは困るのですが、日本では、ラグビー界全体がこの英語を正反対の意味で使っていますから、まったく問題はないのですね。
でも、日本ラグビー界のこの間違いに外国ティームはとうに気づいているのでは?日本人だけが気づいていないのでは?
NHKと日本のラグビー界に頼みます。「テイクアウェイ」を取り入れてください。言葉をていねいに使ってください。
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たまたまいま読んでいるペイパーバックにTURN OVERの使用例が見つかりましたので書き写します。言うまでまもなく「渡す」という意味で使われています。
They had just confirmed that Stanley Kent took thirty-two capsules of cesium from the safe at Saint Agatha's and then most likely turned them over to persons unknown.
(Michael Connelly "THE OVERLOOK" Fiction Vision)