第141回 「セットアッパー」はやめましょうよ

  またまた<カタカナ(和製)英語>のことになりますが……。

  日本の野球界が使っている用語はもう少しナントカならないものでしょうか?
  年が変わったら間もなく(理屈が通らない)“合同自主トレイニング”が始まります。開幕日もすぐにやって来ます。いえ、それまでに、とまでは言いません。ですが、特にいくつかの問題だらけの用語は一日でも早く改めてもらいたいものです。選手、監督、コーチやアナウンサー、解説者などの口から(“できる限り早く”で構いませんから)聞かなくてすむようにしてほしいものです。

  さて、いま一番「困ったものだ」と感じている用語は「セットアッパー」です……
  なぜといって、これはブサイクな日本語化だと評する以前の問題として、文法的に完全に間違っているからです。
  日本で言う「セットアッパー」(特にクロ−ザーにつなぐ救援投手)は大リーグでは「セット・アップ・マン」(SET UP MAN)と呼ばれています。
  ピッチ(PITCH)する人がピッチャー(PITCHER)で、ボールをヒット(HIT)する人がヒッター(HITTER)ならば、セットアップする人はセットアッパーだろうと考えてのことでしょうが、ピッチやヒットが動詞であるのに対して、セットアップはセットという動詞にアップ(UP)という副詞がくっついた形になっています。その副詞に「ER」を足して「…をする人」という意味を与えることは文法上ではできまません。英語では「セット・アップ・マン(ピッチャー)」としか言いようがないのです。
  ドジャーズ時代の野茂投手の投法を、英語(にいくらかは近い音“トーネイドウ”)から離れて(スペイン語と英語を混ぜたように)“トルネード”と呼んだ日本人のことですから、用語を取り入れる際に発音を日本語化して(おそらく)耳当たりがいいようにするのは、ある程度は仕方がないとも思わないこともありませんが、こういう、明らかに文法的に間違った和製英語は、やはり、使わないでもらいたいと思ってしまいます。
  <セットアップ投手><セットアップ・ピッチャー>ではどうですか?

  −−あのう、アメリカでの野球に詳しい方はこのあとは読まないでください(笑)−−

  次は「四球」……
  数を数えるときには(「ワン」「トゥー(ツー)」「スリー」)「フォー」と言うはずの人たちが、野球用語になるとたいがいは「ホワ」または「フォワ」と口にします。「ホワボール」「フォワボール」というわけです(「ホア」という人もいるようです)。
  本場アメリカの球界にはそもそも「ホワボール」も「フォワボール」もありません。
  いえ、もちろん「四球」に当たるプレイはありますが、それは「ベイス・オン・ボールス」(BASE ON BALLS)か「ウォーク」(WALK)などと呼ばれます。
  「ホワ」も「フォワ」もすこぶる耳に落ち着かない言い方です。せめて「フォーボール(ス)」と言ってもらえないでしょうか?

  「死球」……
  ピッチャーが投じたボールがヒッター(バッター)の体に直接か、またはグラウンドでバウンスしてから当たる、アレのことです。
  日本の球界ではこれを「デドボール」と言います。「死んでいる」(DEAD)は、中学校の英語の時間では普通は「デッド」と教えられませんか?それが球界では「デド」。これもかなりブサイクな日本語化だと言えます。
  それに、日本で言うこの「死球」もアメリカにはありません。「ヒット・バイ・ザ・ピッチ(HIT BY THE PITCH)」と言われています。
  そもそも、DEAD BALLとは、ピッチャーが投げたボールが打者に当たったときだけではなく、たとえば、野手が暴投したボールがダグアウトに入ったときや、ボールが外野の(フェンスではなく!)ウォールの隙間に挟まってしまったときなど、プレイの正常な続行が不能になった状態を指して使う用語です。日本で言う「死球」は数あるDEAD BALL状態の一つでしかありません。
  ボールをぶつけられればそれは<死ぬほど痛い>こともあるでしょう。ですが、だからといって、野球の輸入から百年以上経ったいまでも、それだけを「死球」と呼んですませておくというのは、どういうものでしょう?
  日本人の“非論理性”がよく表れていると思いませんか?

  三番目はボールカウントの(たとえば)ツーストライク・ワンボールなど……
  これを日本では「ツー・エンド・ワン」と言いますね。ああ、「ヒット・エンド・ラン」などの「エンド」も同じ扱いになっています。「アンド」は「エンド」とした方が英語っぽくていいから、というわけなのでしょうか?
  昔のハリウッド映画はその終わりに必ず「THE END」の文字があったものです。「ツー・エンド・ワン」などと聞くたびに、あの「END」が頭に浮かんできます。
  この<ア>は<あ>と<え>の中間音ですが、やはり「アンド」でいいのではありませんか?

  日本ではもう何十年も前から「英語教育の重要性」について多くが語られてきています。
  なのに、野球界では、顕著な文法上の間違いでも、だれかに指摘され、正されることはないようです。アナウンサーや解説者が中継放送で、あたかもそれが正しい英語であるかのように「セットアッパー」を連発しつづけます。

  英語は学校や教室で学んだり習ったりするだけではなく、日常生活の中でも広く耳にする言葉です。国際社会で生きるということを考えれば、どうしても上達したい言葉です。
  その<日常生活の中でも広く耳にする>英語(と思われる言葉)が実は間違いだらけなのだとしたら……。
  野球は大衆に深く愛されています。見る人たちへの影響は小さいものではありません。おかしなカタカナ(和製)英語を使うのは、日本人の英語力向上のために、もうやめませんか?
  放送局=特にNHK=には、ブサイクな英語風日本語の蔓延と戦ってほしいものです。
  英語の専門家たちは、こんな惨状を安易に受け入れず、諦めず、正しい英語の普及に努めてください。おかしなカタカナ=和製=英語があれば「それは間違っている」と声を上げてください。

  日本人は世界中で広く「英語に弱い」と見られているようです。  
  それを改めるために(気が長い話ですが)どこからか手をつけてみようではありませんか。

  ところで……
  フィリピンに住む者として、日本のマスコミに頼みたいことがあります。ボクシングの偉大なフィリピン人チャンピオン、MANNY PACQUIAOのことをマニー・パッキャオと呼ぶのはやめてください。パキアオと書いてください。
  <ギョーテとは俺のことかとゲーテ言い>とどこかに書いた人が昔いたそうですね。<ギョーテ>と呼ばれても<ゲーテ>は気づかないだろうというわけですが、パッキャオではこのナショナル・ヒーローも苦笑いするしかないかもしれません。