第330回 筋が通っていない衆議院解散・総選挙

  「苦言熟考」はかつて、郷原信郎(弁護士、関西大学特任教授)という人を褒めたことがあります。「筋を通すことができる人物」として。
  【第152回付録 「筋を通す」】 2010-03-28 (http://d.hatena.ne.jp/kugen/20100328/1269749663
  <「こんな人物がまだいるのだな!」と久しぶりに感じた。すっきりした気分になった> <元検事で名城大学教授の郷原信郎氏のことだ> <小沢一郎幹事長が資金管理団体政治資金規正法違反事件で不起訴となった後、「公平公正な検察の捜査の結果」と語ったことに言及。「(小沢氏を)全く信用できない。石川知裕衆院議員(小沢幹事長の元秘書)らの逮捕を批判しながら、なぜ自分が不起訴になったからといって検察を持ち上げるのか」と述べた、というのだ> <郷原氏のように筋を通すことができる人物がまだ日本にもいることを知って、ほんの少し安堵した>
  上で扱われている小沢民主党幹事長(当時)だけではありません。日本の政界には“右を向いたときには、これはAだ、と主張しながら、左に向き直ったらたちまち、これはBあるいはC、あるいはDだ、と言ってはばからない”無責任で恥知らずの政治家が多すぎます。「自分にとって大事な政策を実現するにはおおぴらに嘘をつき通すことだ」という卑劣で陰湿な政治信条の持ち主である(としか思えない)安倍晋三首相がその典型です。
  なのに、その無責任・無節操が、ちゃんと筋を通して糾弾されることは稀です。郷原信郎氏のような論客・批評家にはめったに出会えないということです。
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  【社説(衆院選)身を切る改革―あの約束はどこへ】朝日新聞 社説(衆院選)身を切る改革―あの約束はどこへ
 2014年11月20日http://www.asahi.com/paper/editorial.html?iref=comtop_gnavi
  <定数削減を2013年の通常国会で必ずやり遂げる、それまでの間は議員歳費を削減する。「身を切る」決断をするなら衆院を解散してもいいと迫る当時の野田首相に、自民党総裁だった安倍氏は答えた。「来年の通常国会において、私たちはすでに、選挙公約において定数の削減と選挙制度の改正を行っていく、こう約束をしています。今この場で、そのことをしっかりとやっていく、約束しますよ」> <ところが約束はいまだに果たされていない>
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  その郷原氏が「ハフィントン・ポスト」にこんなタイトルが付された記事を掲げていました。
  【現時点での衆議院解散は憲法上重大な問題】(2014年11月17日 http://www.huffingtonpost.jp/nobuo-gohara/dissolution_b_6169640.html?utm_hp_ref=japan
  わたしがそこから「郷原氏はいまでも“筋を通す人物”なのだな」と感じた個所をいくつか下に挙げます。
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  まずは「法の下の平等を侵害する衆議院解散」という項の中の次の部分です。
  <それに加え、現時点で衆議院解散を強行するとすれば、もう一つ憲法上大きな問題が生じることになる。最高裁でも法の下の平等に反し「違憲状態」であるのに、国会がこれを合理的期間内に是正しないのは憲法に違反するとの判断が示されている「衆議院定数不均衡問題」である。前回衆議院選挙の際の三党合意による国会議員定数削減による定数不均衡の抜本的是正は、少なくとも、次の総選挙までに行わなければならない必須の事項だったはずだ。この点について、「0増5減」で極端な不均衡を是正しただけで、何ら抜本的な改正を行うことなく、任期が2年以上残っているこの時期に敢えて衆議院を解散し、総選挙を行うのは、憲法の要請に反するものと言えよう>
  「違憲状態」がつづいている衆議院の定数不均衡を「抜本的是正」することなしに解散に走るのは許されないという意見です。
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  「苦言熟考」は2014年5月1日づけの【第311回 “違憲状態”を悪用しつづける“違憲”安倍政権】(http://d.hatena.ne.jp/kugen/20140501/1398886934)にこう書いています。
  <「苦言熟考」は、安倍晋三自民党政権が進めている「憲法解釈を変更して、事実上、憲法改変の実を上げる」という卑怯極まりない政策についても、当然のことながら、そんなあからさまな違憲・脱法行為を許してはならない、と考えています> <違憲状態にあると最高裁判所が判定した国会が選出した首相とその政権は、言うまでもなく、違憲(状態)首相・違憲(状態)政権なのです> <「憲法解釈を変更して、事実上、憲法改変の実を上げる」という、それ自体が立憲主義を真っ向から否定する違憲政策を、違憲(状態)首相とその政権が強引に推進している、というのがいまの日本の実情です>
  <事を動かしていく際の、全体としての日本人の最大の欠点は、その「本質的な議論」ができない、ということではないかと、随分前から、感じています。筋を通して考えることができない、と言い換えてもいいでしょう> <実に不幸なことに、「本質的な議論」ができない=筋を通して考えることができない典型的な人物を日本人は首相の地位に据えています> <安倍首相は、自分の偏狭な思想にすがりつくことでしか世界を見ることができない独善的な人物です。自分の思想が世界と日本の実情のどこに位置づけられるかが理解できない、危険極まりない“視野狭窄”者です> <そんな安倍首相とその政権に国民は騙されてはなりません>
  2013年11月20日の【第295回 特定秘密保護法 “違憲状態”のくせに?】(http://d.hatena.ne.jp/kugen/20131120/1384942421)にではこうです。
   <何事によらず、常に“筋”を通すべきだという頭の持ち主には以前から明らかなことでしたが、きょう、20日の最高裁判所の判決で、事はいっそうすっきりしました> <国民の日常生活にただちに、著しく影響を及ぼす事例に関するもの以外の法案の審議を国会(衆議院)は即刻、中止するべきです> <中止して、国会の「違憲状態」を正す作業にはいるべきです> <いいですか、国会は衆参両院ともにすでに「違憲状態」にあるのですよ> <そんな「違憲状態」にある国会には、重要法案を審議し、その法律を成立させる資格はありません> <まして、日本を中国や北朝鮮なみの非民主主義的な、官僚と検察・警察がおおいばりする、寒々とした国にしてしまおうという「特定秘密保護法」を!> <国民の自由を奪うことを主目的とした「憲法改変」がそうであるように!>
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  郷原氏は、大新聞などがこれまでにはまったく言及していない点にも注目して、安倍晋三首相による衆院解散に異議を唱えています。
  〔憲法上の内閣の解散権の根拠〕
  <憲法の規定を素直に読めば、憲法45条が衆議院の任期は4年と定めており、69条がその例外としての内閣不信任案可決に対抗する衆議院解散を認めているのだから、解散は69条の場合に限定されるということになるはずだ憲法草案に携わったGHQも、衆議院解散を69条所定の場合に限定する解釈を採っていたようで、現行憲法下での最初の衆議院解散となった1948年のいわゆる馴れ合い解散は、野党が内閣不信任案を提出して形式的にそれを衆議院で可決し、「69条所定の事由による解散」とする方法が採られた。
  〔理由なき解散は「内閣の解散権の逸脱」〕
  <もともと、議院内閣制の下では、内閣は議会の信任によって存立しているのであるから、自らの信任の根拠である議会を、内閣不信任の意思を表明していないのに解散させるのは、自らの存在基盤を失わせる行為に等しい。予算案や外交・防衛上重要な法案が否決された場合のように、実質的に議院による内閣不信任と同様の事態が生じた場合であればともかく、それ以外の場合にも無制限に解散を認めることは、内閣と議会との対立の解消の方法としての議会解散権の目的を逸脱したものである>
  公平な感覚を持つ者ならばだれでも耳を傾けるはずの、実に筋が通った主張です。
  日本が抱えている大きな問題は、国の頭である首相が“筋を通す”ことなどまったく考えていないことです。いや、“筋を通す”ことができない歪んだ頭脳で“自分はまっとうだ”と信じ込んでいることです。筋が通った意見・考えに耳を貸すだけのバランスがとれた頭脳を持ち合わせていないことです。
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  筋を通してものを考える弁護士たちがこんな動きに出ようとしています。
  【一票の格差衆院選翌日に全選挙区で提訴へ 弁護士グループ「国会、全く修正しなかった」(The Huffington Post http://www.huffingtonpost.jp/2014/11/17/vote-value_n_6169942.html?utm_hp_ref=japan) 2014年11月17日
  <「一票の格差」の是正を求める弁護士らのグループが11月17日、都内で記者会見し、衆院が解散された場合は、投票日の翌日に選挙無効を求めて、全国14の高裁と高裁支部に提訴すると発表した。衆院選では初めて、295選挙区全てについて無効請求をする方針だという。時事ドットコムなどが報じた> <2012年12月の衆院選について最高裁大法廷(裁判長・竹崎博允長官)は2013年11月、最大2.43倍の格差となった選挙区の区割りを「違憲状態」とする判決を下した。選挙無効の請求を退けた上で「国会は、今後も1票の価値の平等を実現する努力を続ける必要がある」と述べていた> <升永英俊弁護士は、「人口比例ではない区割りの選挙は憲法違反だ」などと指摘。「国会は全く制度を修正しなかった」などと語った>
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