第329回 読みやすい  John Grishamの小説

  John Grishamの "SYCAMORE ROW" (DELL BOOKS)を数日前に読み終えました。
  その前に読んだDan Brownの"INFERNO"の読後感は、【第325回 フィリピンがこんなふうに利用されると…】(http://d.hatena.ne.jp/kugen/20141001/1412115148)に書きましたように、どちらかというと、後味が悪いものでしたが、この"SYCAMORE ROW"では、期待していたとおりの快い充足感を味あわせてもらいました。
  John Grishamは1980年代の終わりごろに小説を書き出した作家で、これまでに世界的な大ベストセラーを数多く発表しています。作品数は、この本がリストアップしているところでは28。Grisham自身の「あとがき」によると、そのカテゴリーは"the legal thrillers"と"Ford County novels"の二つに分けられるということですが、この "SYCAMORE ROW" はその両方の要素を混ぜ合わせた秀作("NO.1 INTERNATIONAL BESTSELLER")になっています。
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  記憶に違いがなければ、わたしは、この本のリストにある28作のうちの、わたしが白内障を患っていたあいだの数年間に出版された数冊を除くほとんどを読んでいます。ただし、早い時期に書かれたものは、わたしがカリフォルニアで最後に住んだアパートメント・コンプレックス(300世帯)の常設図書室に(その他100冊あまりの本とともに)寄贈してきましたので、残念ながら、手元にはもうありません。
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  さて、わたしがこれまでに(そのほとんどをペイパーバックで)読んだ英文の(いわゆる大衆)小説の数は(ここフィリピンにある70冊余りを含めて)200は超えているはずです。弁護士と検事、弁護士同士が知恵と術策を戦わせる裁判ものや国際テロリストが暗躍する話もあれば、金融街ウォールストリートを舞台とした野心家たちの激しいせめぎ合いもありました。スケイルが大きなスパイ小説、未来を暗示する科学小説も含まれていました。次のストーリー展開が予測ができない、いわゆる"page turner"に魅せられることもしょっちゅうでした。…そうですね、ありがたいことに、読んだ小説の数だけの楽しみ方があったと言っていいかと思います。
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  しかしながら、「おもしろい」小説が「読みやすい」とは限りません。「読みやすい」と感じながら読み終えた本は、実は、それほど多いわけではないのです。
  ここで紹介しているJohn Grisham、その多くの作品は、むしろ、例外だと言えます。「おもしろい」うえに「読みやすい」のです。
  ですから、もしだれかに、たとえば、「英語の勉強の助けにしたいから、いい作家、あるいは、いい小説を紹介してほしい」と言われるようなことがあったら、まず第一にJohn Grishamの名を挙げよう、とずっと思ってきました。まあ、現実には、そんな依頼をされたことはこれまでにほんの数回あっただけなのですが…。
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  Grishamの作品は、とにかく、文体というのでしょうか、文のスタイルがすごく“澄明”なのです。ビッグワードをほとんど使いません。一つの文を極力短いものにしようとしています。論理的な展開の仕方が常に安定しています。一文の中の“係り結び”に混乱がありません。ときおりしばらく頭を使わせられるのは、たとえば、文中のこの"SHE"または"HE"は誰をさしているのだろう、というような点ぐらいでしょうか。
  とにかく、「読みやすい」のです。頭に入りやすいのです。
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  "SYCAMORE ROW"を読んでいるあいだにも、何度もおなじ感想を抱きました。「おもしろい」「読みやすい」
  ペイパーバックで630ペイジを超える小説の中から一個所を短く引用しただけで「読みやすさ」を感じ取ってもらおうというのには多少の無理があるのかもしれませんが、それでも、一例として、下の英文を読んでみてください。
  They slid to a stop in the gravel parking lot of Bates Grocery. The red Saab was the only foreign car there; every other vehicle was a pickup truck, and not a one less than ten years old. (P.563) 
  何の飾り気もない、平明な文章ですよね。
  Theyというのは、主人公の弁護士たちです。The red Saabはその弁護士が所有している輸入車です。
  gravel parking lot とは、表面が砂利のままの、舗装されていない駐車場のことです。
  Bates Groceryのほかの客たちが乗ってきている車はすべて、10年以上前の型のピックアップトラックです。
  どうです?
  上の短い描写でGrishamは、弁護士たちが、自分たちが日ごろ生きている“弁護士としては低収入の主人公でも輸入車を乗り回すような世界”とは異なる“旧いピックアップトラックを日常的に運転する、肉体労働で生活の糧を得ているはずの人たちの世界”に立ち入ってきたことをさらっと書ききっています。
  見事ではありませんか!
  Grishamの小説では、こんなふうに、派手さはないのに「見事だ」と感じさせられる個所にいたるところで出合うことができます。
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  英文の作品に限ったことではありませんが、滑らかに読み進むことができるというのは、読書が楽しくなる大きな要素の一つですよね。
  Grishamの小説では、まず間違いなく、それが楽しめます。
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  「読みやすい」作家はほかにもいるだろう?
  そうですね、ロサンジェルス警察の刑事を主人公にした作品が多いMichael Connellyもその一人ではないかと思います。自宅の本棚にその作品がいま12冊並んでいますから、少なくとも、わたしが好む作家の一人であることは確かです。
  とは言うものの、「読みやすい」と感じるかどうかについては個人差があるはずです。
  ここでGrishamを紹介したのは、あくまでも、ちょとした手引きにでもなれば、という思いからです。…英文の小説にいくらかでも興味がある方は試しに一冊読んでみてはいかがですか。
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  John Grishamの作品: A TIME TO KILL, THE FIRM, THE PELICAN BRIEF, THE CHAMBER, THE RAIN MAKER, THE RUNAWAY JURY, THE PARTNER, THE STREET LAWYER, THE TESTAMENT, THE BRETHREN, A PAINTED HOUSE, SKIPPING CHRISTMAS, THE SUMMONS, THE KING OF TORTS, BLEACHERS, THE LAST JUROR, THE BROKER, THE INNOCENT MAN, PLAYING FOR PIZZA, THE APPEAL, THE ASSOCIATE, FORD COUNTY: STORIES, THE CONFESSION, THE LITIGATORS, CALICO JOE, THE RACKETTER, SYCAMORE ROW
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