第269回 怖い、マニラ首都圏での運転

  ニュース・ネットワークのCNNにCNNGoという旅行専門のウェブサイトがあるそうです。そのCNNGoが<2012年に自動車の運転が最もしにくかった世界の諸都市>の三番目にマニラ首都圏を挙げている、と新聞「フィリピン・デイリー・インクァイアラー」が先月末に報じていました。
  そのほかにも、マイクロソフトのMSN Autoが、マニラ首都圏を<インドのムンバイや中国の北京、韓国のソウルなどよりはましではあるものの、世界で10番目に自動車の運転がしづらい都市>と評しているということです。
  さて、CNNGoが“三番目”にマニラ首都圏を挙げた理由とは…。①三つの車線にまたがる車線変更②他の運転手に配慮しない運転③方向指示器の未使用④赤信号の無視⑤自分が向かう方向の車線が混んでいれば反対車線に乗り入れて先を急ぐ⑥やたらとクラクションを鳴らす⑦(自動車は右側道路を通行するフィリピンで)一番右側の車線から(一気に)左折する−などだそうです。しかも、そういう無謀な運転マナーが<劣悪な道路><完璧には程遠い道路標識>などに助長されて、マニラ首都圏全体の交通状況をますますをひどいものにしている−とも述べています。
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  その<劣悪な道路><完璧には程遠い道路標識>の方については「インクァイアラー」紙自身がこう書いています。
  1.コンクリート製の(多くは古くてくすんでもいる)中央分離壁が低すぎて、その道路に慣れていない運転者には見えにくいし、脛までぐらいの浸水があればそれが水の下に隠れてしまうところがある。そんなところでは、せめて、分離壁が始まる30メートルほど前に背が高い警告標識を掲げるべきだ
  2.道路に危険な穴があることを運転者に知らせる標識がないことが多い。時速60キロメーターで走行中の自動車がその間に十分に減速できる距離のところに警告標識を置くべきだ
  3.道路標識や分離壁などは、運転者がそれに正しく対応できる、余裕がある距離をおいて、適切な位置に設置するべきだ
  4.車線が予告標識なしに突然なくなってしまう道路は危険だ
  5.多くの交通量をさばく目的で、それぞれの車線を狭くし、車線数を増やしている道路がある。バスなどの大型車の通行が多い道路では車線幅を広くしておくべきだ
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  「インクァイアラー」紙は触れていませんが、マニラ首都圏での自動車運転をさらに危険にしているものには、ほかに、(満席だと乗客10人余りを乗せて走る乗合自動車)ジープニーや(いわゆるサイドカーつきの乗客用モーターサイクル)トゥライシクル、オートバイ、それに(法的な規制を何も受けていないと思われる)自転車の存在が加わります。
  ジープニーの最大の問題点は、これが、見込み乗客を道路わきに見つけたり、乗客が下車したりするときには、道路・車線の真ん中ででも、どこででも急停車するという点にあります。
  主要幹線道路以外で許可を得て走るトゥライシクルの運転手は、交通取締り官がほとんど関心を示さないのをいいことに、交通信号や交通標識、つまりは交通規則をほとんど無視して営業に励みます。
  自転車が中央車線を我が物顔で走るのも普通に見られる光景です。
  オートバイは自動車とと自動車のあいだの狭い空間を縫うように蛇行しながら前進します。
  つまり、マニラ首都圏の道路は、予測がつかない運転マナーで満たされているのです。
  ああ、自動車どうしのアタマの突っ込み合いがそれに加わります。みなが「我先に」と運転するわけです。
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  2006年の5月にマニラ首都圏に移住しました。当初は、道路交通事情に慣れるまでは、という理由をつけて、自分の車は持たずに、タクシーとジープニーを移動手段としていました。ところが、マニラ首都圏を現実にあちこちと動き始めてみると…。
  カリフォルニアの道路交通事情に慣れきった身には、ここで自ら運転するのは危険すぎるのではないか、という恐れにすぐにとらわれてしまいました。いうまでもなく、「インクァイアラー」の上の記事にあるような状況に出くわしたからです。…“慣れる”ことはいつまでもありえないのではないか?!
  それでも、自動車を所有して、自分の駐車場から目的地まで、自分が運転して移動することにしよう、と2006年の秋ごろに決断したのは、車を自分で運転するのも危険だが、タクシーやジープニーを外国人が(フィリピン人の同行なしに)利用するのもやはり危険だ、と感じたからでした。ジープニー上での強盗や引ったくりはフィリピン人でさえよく経験しているようでしたし、タクシーについては、もし、知らない場所に運ばれ、(運転手と組んだ)強盗などに遭遇したら、という別の危険もありました(複数のフィリピン人知人に実際にそういう警告を受けもしました)。
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  自分で運転するようになってからは、<完璧には程遠い道路標識>のせいで道に迷ったことは何度もありますが、幸いなことに、自ら事故を起こしたこともほかの車にぶつけられたこともまだありません。無理な車線変更が普通に行われる道路で、車の両脇に出ているサイドミラーを隣の車にぶつけたか、ぶつけられたかしたことが三度ありはしますが…。
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  マニラ首都圏に限らず、フィリピン全体が抱えている道路整備上の問題の多くは、おそらくは、インフラストタクチャーのために使うカネが不足していることから来ている、と思われます。ただ、あえてつけ加えれば、本来は道路整備のために使われるべきカネの一部が政界・官界・財界・軍部などの有力者の懐に入りつづけてきたからなのではないか、と疑うフィリピン人も少なくないはずです。
  いや、カネ不足だけが原因ではありません。道路整備が、そもそも、運転者の身になっては行われていないのです。多くが“不親切で思いやりに欠けた”状態で放置されているのです。運転は、雇っている運転手任せ、という政治家や役人が道路行政を動かしているからなのでしょうか。
  いやいや、待てよ。真の問題点は、道路の利用者、マニラ首都圏の住民、ひいては国民が不満の声を大きくしない、というところにあるのかもしれません。耐える必要がない、というよりは、道路の改良・改善のためには耐えてはいけないところで、国民はまだ耐えつづけている、というようにも見えます。
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  翻っていえば、国民が不満の声を大きく上げないあいだは、運転者のマナーも向上しないに違いありません。
  道路整備が悪いから無謀運転をしなければならなくなる、と言い訳するかわりに、“道路上を安全に運転する権利”を国民が求めるようになって初めて、マニラ首都圏の運転マナー、交通事情もよくなるのではないかという気がします。
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  フィリピンは経済成長をつづけている国です。道路上から古い、くたびれた自動車が、目に見える勢いで、減っています。道路整備と運転マナーについても、国全体がこれまでどおりの体質や考え方を変えるべきときが来ています。
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