第259回 「小さいこと」はあとでどうにでもなる?

  12月になると衆議院議員選挙が行われます。
  どうやら、日本人は、ほんの数年のあいだに、二度目の本格的な“政権交代”を経験することになりそうです。
  原則論としては、どんな政権にしろそれが粗末な政治しかできないときには権力の座から下す−というのは、民主主義の意義の一部が日本人に定着していく過程として、実に結構なことだと思います。
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  そう言ってはみたものの、もうすぐやってくるはずの“政権交代”には問題が多すぎて、結構なことだ、と言ってすませてはいられないようですよ。
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  第一に、各種の世論調査の結果どおりだと、次の衆院選で第一党となるであろう自民党のあり方が、自民党公明党から政権を奪ったときの(鳩山由紀夫氏に率いられた)民主党とあまり違わないほどに頼りないことが挙げられます。
  その頼りなさを最も顕著に示しているのは、この選挙の“顔”として自民党が“復古主義”を唯一の信条としているらしい“首相の地位投げ出し人”安倍晋三氏を再び選んでしまったことです。経済の長期低迷や高齢少子社会の現実に正しく対処して日本と日本人の将来を明るくしていこうという熱意や意気込み、ましてや具体的な案を安倍氏が見せたことがこれまでにありましたか?
  ちなみに、日本銀行に無限に国債を買わせ、貨幣を市場にあふれさせることでインフレ状態を人為的に作る=デフレ状態から抜け出す=という安倍氏の案は、産業経済の実態に裏打ちされない“偽装インフレ”で日本経済を底なしの混乱に陥れる危険があるのではないでしょうか?
  安倍氏は、要するに、大日本帝国の過去の“栄光”を頼りにする以外には政策がない(日本維新の会の代表となった石原慎太郎氏と同類の)いまの日本にはまったく必要がない、古すぎる政治家(DINOSAUR)なのです。
  つまり、自民党にはいまもそれほど人材がないということなのですね。三年間ほどの野党時代にも、新時代が求めている指導者を自民党は育てなかったのですね。党の頭脳をそういう肯定・発展的な方向には向けなかったのですね。
  そんな自民党が再び第一党に返り咲いても、建設的なことは何もできないに違いありません。
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  第二に、政権から転落することになった原因をちゃんと総括していないために、前の“政権交代”のあとの自民党がそうであったように、民主党も、政治をよくしていくために必要な健全な“野党力”を発揮できないだろうと思われることです。
  民主党政権が破綻することになった最大の原因は、政権奪取後の財政見通しを完全に誤ったことにありました。…というよりは、編成する予算をいじれば「16兆円余りのカネはすぐに出てくる」という(自分たちには分かっていたはずの)嘘を平気で国民に向かってついてしまったことに、というべきなのでしょうか?
  12月の選挙向けに発表するマニフェスト民主党は、その見通しの甘さ=誤りを認め、国民に詫びることを決めたそうです。それはそれとして、当然になされるべきことですが、そう決定する過程にまた、別の、真の問題があることに民主党は気づいていません。
  その見通しの甘さはなぜ、どのようにして出てきたのか、について真剣に検証していないということがそれです。
  失敗の原因を究明することなしには失敗の再発を防ぐことはできません。ムードとしての“総懺悔”が無益であることを、日本人の多くは、先の“敗戦”から学んでいます。
  「16兆円余りのカネはすぐに出てくる」と言い出したのはだれだったのか?その(根拠がなかった)見通しを党のマニフェストの根幹に据えることにしたのはだれだったのか?そのマニフェストを党はどういう過程で承認したのか?
  その嘘のマニフェストづくりで民主党に今日の無様さをもたらしたのはだれなのか?その責任はだれがどうとるべきなのか?
  選挙で勝てば、あとはどうにでもなる?そんなことをだれかが言い出してはいなかったか?
  そんな検証を経ないままの民主党にはどんな期待もできません。
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  根拠がない何かを皆で思い込んだ結果として民主党がここまで落ちぶれたのを目撃したところだから、次の衆院選で勝者になろうというぐらいの者なら、あのときの民主党と同じ間違いをすることはないだろう?
  待ってください。石原・日本維新の会代表は何と言っています?
  第三の問題がここにあります。
  <石原氏は全体会議のあいさつで「小さなことはこれから議論すればいい。国を変えるため大きな眼目二つか三つ掲げて力を合わせよう」と語り、政策の棚上げを正当化した>(毎日新聞 2012年11月18日 東京朝刊)
  「政策の棚上げ」ですって?日本維新の会と太陽の党の合流・合体はこんなふうに無責任ででたらめに行われたのです。「国を変える」って?どんな国に?どんなふうに?
  とにかく、何が何でも「国を変える」と勇ましいことを叫んでいれば、いわゆる“郵政選挙”の際の小泉自民党総裁のように、俺らも選挙で勝てるんだ、というのでは、あまりにも国民を馬鹿にしているのではありませんか?
  残念なことに、これが、日本の“トップクラス”にあると信じられている政治家の現実です。
  裏打ちのない“大言壮語”で政界を跋扈する…。自分の主張を通すため、選挙でかつためになら、どんな策略を用いてもかまわない。
  「小さいこと」はあとで議論すればいい?捨てた“小異”なんかはあとでどうにでもなる?
  前の“政権交代”選挙の際の民主党と同じか、もっとあからさまに国民をたぶらそうとする態度だと思いませんか?
  国民の知力を大きく甘くみていると思いませんか?
  石原氏を代表とし、橋下徹氏を代表代行とする日本維新の会が仮に政権を握ったとしても、それはけっして長つづきはしません。いまの日本と世界の現実は(北朝鮮や中国を例外として)“小異”を捨てて政治が行えるほど単純に動いてはいないからです。この政権は、この二人の“権力亡者”が政治的な野心を共にしていられる時期が過ぎればそれで終わりになります。
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  だって…。そう、たとえば、各国独自の経済財政事情の違いを“小異”として扱い、通貨統合という“大同”を(あとはなんとかなるだろうと)果たしたヨーロッパ連合EU)がいまどのような状態に陥っていますか…。
  初めから心を込めて“小異”に対応しておかないと、政党は(民主党がそうなったように)いつかそのことで足をすくわれます。破綻させられます。
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  現状を見れば、必要な思考を故意に停止して「小さいこと」を後回しにする=正しい道筋で事を進めることができない=政党と政治家しか日本にはいないようです(おそらくは、自民党河野太郎氏を例外として)。
  そういうわけで、次の衆院選挙のあとにどんな政権が誕生しようと、日本は、まだしばらくは、茨の道を歩きつづけることになりそうです。
  もっと悪いことには、茨の道を歩くことに疲れた国民に向かって、安倍氏や石原氏の陣営から極端な排外主義が喧伝されることになるかもしれません。貧富の格差への不満が大きくなる一方である中国が、その不満のはけ口として、さまざまな“愛国”行動を国民に促してきたように。
  クワバラ、クワバラ!
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企業献金禁止を撤回 維新の会 太陽の党側に配慮】
  <日本維新の会は二十日、党の改革姿勢のシンボルだった企業・団体献金の全面禁止を撤回する方針を決めた。合流した太陽の党側に配慮した措置で、政策集「維新八策」に盛り込んだ目玉政策が大幅に後退した。今後、党規約を改正、献金の上限を設ける>(東京新聞 2012年11月20日 14時06分)

【日本の政治家、賢明でない=日銀への金融緩和圧力−英紙】
  <【ロンドン時事】英紙フィナンシャル・タイムズは20日付の社説で、日本の政治家らが衆院選を控えて日銀に金融緩和圧力を強めていることに関し、「政治家が中央銀行の政策を最終決定することは賢明でもなければ、日本経済の苦境の解決策にもならない」と批判した>
  <同紙は「日本経済の成長を妨げているものは、金融政策が解決できる範囲をはるかに超えている」と強調。改革の遅れやサービス業の競争力不足、女性就業率の低さなどの問題点を挙げた>(2012/11/20-19:31)