第253回 日本語が貧弱になりつづけている

  劣化に歯止めがかからない日本語を憂えるエッセイを「苦言熟考」は何度も書いてきました。その劣化が進むに従って、日本を立て直していくという最大限に重要な役割を担うはずの政治家たちを先頭にして、日本人の思考力がますます貧弱になってきていると感じるからにほかなりません。
  ですから、今回もNHKのニュースを例にとって…。
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  【安倍氏 石破氏の幹事長起用固める】(NHKニュース 9月27日 5時7分)
  <自民党の総裁選挙は、26日投開票が行われ、1回目の投票では決着がつかず、国会議員による決選投票にまでもつれ込んだ結果、安倍元総理大臣が、1回目に1位だった石破前政務調査会長を逆転して、新しい総裁に選出されました>
  <これを受けて、安倍新総裁は新しい役員人事の検討を進めていて衆議院選挙に向けて強力な態勢を作るため、党運営の要である幹事長に、総裁選挙で党員票の過半数を獲得した石破氏を起用する意向を固めました>
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  まずは「自民党の総裁選挙は、26日投開票が行われ、1回目の投票では決着がつかず」
  ずいぶんと落ち着きが悪い文です。「開票が行われ」と書いてあったら、読者は自然にそれに「決着がついた」のだろうと考えるのに、いきなり「決着がつかず」という否定的な言葉がつづいているからです。なぜ「26日に投開票が行われた自民党の総裁選挙は、一回目の投票では決着がつかず…」と書かないのでしょう?あるいは「自民党の総裁選挙は、26日投開票が行われました、一回目の投票では決着がつかなかったために、国会議員による決選投票に持ち込まれ、安倍元総理大臣が、一回目に1位だった石破前政務調査会長を逆転して、新しい総裁に選出されました」でもいいでしょう?
  「行われ」をそのまま「決着がつかず」につなごうというのには大きな無理があります。
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  もっと重要な問題はほかにあります。
  上に太字で示されている「…いて」は、いまNHKがもっとも頻繁に使う(本当は何もつないでいない)「文をつなぐための言葉」です。
  この「進めていて」の部分は、ひと昔前までは、大方の場合で「進めていましたが」と表現されていたはずです。そんな「…が」が数十年間にわたって放送界で好んで使われていたのを覚えていませんか?(いまでも「…ですが」「…が」で文をつなぐ癖を持ちつづけている一人に、NHKの相撲放送の藤井アナウンサーがいます)
  もちろん、この「進めていましたが」の「…が」は、次に伝える情報が、たとえば、「その検討をやめました」というような具合に、「…が」以前のものと相反するものであることを予告するためものではありませんので、必ずしも、正しい使い方ではありませんでしたから、この「…が」の使用を放送界がひかえることにしたのは、どちらかといえば、歓迎されるべきことだったはずです。
  しかしながら、その「…が」を単に「…いて」に置き換えるだけでよしとする?それでよりましな記事を書いた気になる?
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  細かいことを言いますと、この「…いて」というのは、本来は、あることがいま「進行している」ことを示しているわけですよね。ですから「検討を進めている」安倍新総裁が「意向を固めました」というのでは、両者の「時」が一致しません。ここは「検討を進めていた」安倍新総裁が「意向を固めました」でなければならないのです。「意向を固め」たときには「検討」は終わっているのですから、そうでなければ理屈が通らないのです。
  ということは、「検討を進めていて」という(本当はどこにもつながらない)つなぎ方もやはり間違っているということです。「…いて」で文をつないではいけないのです。
  当然ながら、「安倍新総裁は新しい役員人事の検討を進めていた衆議院選挙に向けて」という半端な文も成り立ちませんから、上のNHKの書き方は根本的におかしいのです。
  それを改めるには、語順を変更して「(これを受けて)新しい役員人事の検討を進めていた自民党の安倍新総裁は、衆議院選挙に向けて強力な態勢を作るため……意向を固めました」と書けばすむことなのです。
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  もっと細かいことを言うと、「役員人事」は幹事長に誰をするかということだけには限られないのだし、幹事長以外はこれから決めるのだから「検討を進めている」でいいのではないか、という意見もありえます。ですが、そういうことを言うには、たとえば、「新しい役員人事の検討を進めている安倍新総裁は、衆議院選挙に向けて強力な態勢を作るため(には欠かせないとして)、まず(最初に)、党運営の要である幹事長に、総裁選挙で党員票の過半数を獲得した石破氏を起用する意向を固めました」とでも書くべきなのではありませんか?
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  理屈に合わない文(や文章)しか書けない頭では理屈に合った(正しい、まともな)ことが言えません!
  単純なことだと思えます。
  「筋が通った文章を書くこと」を報道機関に「苦言熟考」がくり返して求めるのは、筋が通ったことを報道してほしいと望むからです。「筋が通らない主張や意見、報道」に慣れきってしまうと、日本人の頭が全体として劣化してしまうと恐れるからです。
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  そうでしょう?一つの文の前と後を論理的に整合させられない頭で、たとえば、「竹島」や「尖閣」の問題に関して、韓国や中国をちゃんと説得することができると思いますか?
  いえ、その前に、乏しい情報のせいで何をどう考えればいいかさえ分からない大多数の日本人に、この問題について「これだ!」という意見を持たせることができますか?
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  NHK(だけではなく、すべての報道機関)は、日本語を雑に使う悪習を捨ててください。日本語を劣化させないでください。その手始めとして、自分たちが必ずしもまともな日本語を使っていないことに気づいてください。
  日本はこれからますます、国内的にも国際的にも、困難な時代に入ります。報道機関は貧弱な日本語を使わないでください。緻密な思考ができない国民に日本人をしないでください。
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