第153回 「寝た子を起こす」

  3月31日に国会で行われた<党首討論>をテレヴィで見ました。
  <政治とカネ>や<米軍普天間基地の移設>などの問題で鳩山首相の政治姿勢を、自民党の谷垣総裁が額に青筋を立てて追及し、首相がときおり声をいくらか荒げて応答する−といった展開で、それはそれで興味深かったのですが、数日経ったあとで振り返ってみると、最もくっきりと記憶に残っているのは、何と言うことか、この二人のやり取りではなくて、大島幹事長と石破政調会長が谷垣氏の背後から首相に向けてヤジを飛ばしている場面でした。
  いや、いや、たしかに、31日も、大島氏と石破氏の顔がアテレヴィの画面に写るたびに<ああ、この二人が中心になって谷垣氏を支えているのだな><こんな“旧人”たちが党を代表する顔である限りは、谷垣氏がここで鳩山首相をどう追及しようと、夏の参議院議員選挙でも、自民党は票をあまり獲得できないだろうな>などと思ったものでした。

  4月1日の読売新聞は次の記事を掲載しました。

  <自民党の谷垣総裁は1日午前、党本部で開いた全議員懇談会で、参院選前に大島幹事長や川崎二郎国会対策委員長ら主要人事の刷新を行う考えがないことを明言した>
  <懇談会で、谷垣氏は「(参院)選挙まであと100日だ。骨格の人事を大きくいじる考えは毛頭ない。私が責任を持って選んだ人事で戦いたい」と述べ、人事刷新は参院選後に行う考えを明らかにした>
  <これに対し、出席者からは「派閥は変えない、人事は変えないでは、自民党は変わっていない。40、50代の若手を登用しないとこの党は持たない」(菅原一秀衆院議員)、「国民が自民党に期待できないのは派閥政治だと言っている。言い訳してはダメだ」(谷川弥一衆院議員)などの不満が噴出。懇談会は予定を大幅に延長し、2時間半近く行われた>
  <人事の刷新を求めていた与謝野馨・元財務相園田博之・元官房副長官、舛添氏らは懇談会を欠席した>

  菅原一秀衆院議員の意見は正しいはずです。<党首討論>で見た大島氏と石破氏の顔は、まさしく<自民党は変わっていない><40、50代の若手を登用しないとこの党は持たない>ことを示すもののようでした。鳩山首相への谷垣総裁の挑戦、その努力を瞬時のうちに無意味に見せてしまうほど、二人の顔は古びて、後ろ向きに見えていました。
  この国会中に自民党が採った戦術(審議拒否!)からも知れるように、大島氏や石破氏の政治感覚・手法は、民主党小沢幹事長のものと同様に、旧時代のものです。政権交代が可能になった新時代のものだとはとても思えません。
  民主党へ凄まじい逆風が吹いているときであるにもかかわらず、大島氏、石破氏は、谷垣総裁ともども、自民党の支持率を上げることができていません。この三人がいかに無能であるかは、とっくに証明されています。

  <人事刷新は参院選後>?
  もちろん、若手ならだれでもいいというわけではないでしょう。しかしながら、<参院選後>まで待っては、その、期待できる“若手”議員の数がいまよりも減っているかもしれません。自民党の危機はそれぐらい深いように見えます。

  あの<党首討論>の中で「おや?」と感じたところがありました。<普天間基地の移設>問題をめぐる討論のなかで谷垣氏が、<県外・国外への移設が可能であるかのように公言することで民主党は、せっかく落ち着いていた沖縄県民に無用な希望を抱かせて、再びつらい思いをさせようとしている>というような趣旨の発言をしていましたね(「沖縄の住民をはじめいろんな方々の心をもてあそび、政治と国民の信頼関係を裏切ったことになる」共同通信)。
  <寝た子を起こした>という非難です(徳之島での住民による米軍基地受け入れ反対集会でも、小池百合子議員が「民主党は人の心をもてあそんでいる」と叫んでいました)。

  政治家というのは、ほんとうに、芯から“面の皮が厚い”人物でなければ務まらないもののようですね。
  だって…。
  本来ならば、名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブ沿岸部を埋め立てる(共同通信)<現行案>をまとめたときに、当時の自民党政府は、普天間基地の県外への移設を実現しておくべきだったはずでしょう?それまでの沖縄県民の苦労や忍耐、我慢を考えれば、あの時点で、長年のつらさを沖縄県民から、県外への移設という形で、取り除いてやっておくべきだったはずでしょう?
  当時の自民党政府がやったことは、沖縄県民を楽にすることではなく、ただ“眠らせる”ことでした。さらに我慢をつづけさせることでした。<寝た子>というのは、つまりは、終戦時からずっと日本全体の米軍基地の75%が沖縄にある、という状態を沖縄県民に再び飲ませた、ということを言い換えただけの表現です。沖縄県民の願いを再び無視したことを“自白”するたとえです。
  <県外>への移設の可能性を探ろうという民主党の考えがの方が、それが実現するかどうかはともかく、よほど、沖縄県民の願いに沿っています。自民党が<現行案>をまとめたときに避けて通った問題に、民主党は立ち向かおうとしています。

  「人の心をもてあそぶ」?
  沖縄の米軍基地を減らしたい、なくしたいという沖縄県民の気持ちを60年以上無視してきた自民党の議員がしゃあしゃあと口にできる言葉ではありません。ほかの県などへの移設を口に出して、その地元で反対され、選挙で票を減らすよりは、沖縄県にこのまま押しつけておいた方が簡単だ、と考えた自民党に、沖縄県民の<人の心>がああだこうだと言う資格はまったくないのです。
  谷垣氏の発言を聞いてすぐにそう思いました。
  沖縄県民を長年にわたって<寝た子>にしてきたことを自民党は恥じるべきなのです。
  
  民主党の<県外移設案>をきっかけにして、沖縄県民は、米軍基地に対する本当の気持ちを改めて公にする機会を得ました。
  “旧人”政治家が牛耳る自民党は、沖縄県民の怒りが民主党に向かえば自党が有利になると単純に考えてこの<移設問題>を捉えているようですが、一度希望を新たにした沖縄県民は自民党の“現行案”にももう満足していません。遅かれ早かれ、長年県民を押さえ込んできた自民党への怒りを大きくするでしょう。
  状況はすでに、普天間米軍基地の県外への移設を自民党も考えなければならないところに来ています。民主党のやり方を非難しているだけではすまない状況になってることに、自民党は気づくべきです。
  いや、民主党自民党だけでなく、全政党が、沖縄県民の負担を軽くするための策を考えるときです。
  選挙目当てに民主党を悪く言っているだけでは、どの政党も、夏の参院選で大勝ちすることはないでしょう。

  沖縄県以外に住む日本人にとっても、戦後一貫して沖縄に大きな負担をかけつづけてきたことを反省するときがきています。日米安全保障条約はそもそも不要だと信じる人たち以外の日本人は、もう、知らぬ顔をしていてはいけません。

          +

  ついでにもう一点…
  <党首討論>で谷垣氏は<普天間基地の移転問題であやふやなことを言って、民主党は日米関係をいちじるしく悪化させた>というようなことを述べましたね。
  そんなふうに決めつけていましたね。
  おかしなことを言う人です。
  第一に、この<移設問題>に関するアメリカ政府の最終的な態度はまだ表明されていません。日本の一野党である自民党に、アメリカ政府の代言人を気取ってこのような発言をする権利や資格はまったくありません。
  第二に、この<移設問題>は日米関係のほんの一部にすぎません。これがいくらか拗れたからといって、日米関係全体が簡単に揺らぐことはありえません。日本がパニックに陥る必要はまったくありません。
  この谷垣発言は、歴代アメリカ政府とまともな協議や交渉を一度もやったことがない自民党がこの問題でもアメリカ側の顔色をうかがうことしかしてこなかったことを実によく示しています。