第227回 なんで「海外“安全”情報」なのだろう?

  NHKテレヴィの「海外安全情報」を見るたびに「情報伝達ということに関する、日本人の歪んだ=子供じみた=考えをなんとよく象徴しているプログラムなんだろう、これは」と思ってしまいます。
  見たことがない方のために説明しておきますと、これは「いま危険がない(安全な!)海外の国・地方・都市はここですよ。安心して出かけてください」という情報を提供する番組ではありません。そうではなくて、たとえば「中東の国XXでは宗派間の武装抗争が激化している。宗教施設や政府機関、マーケットなどには近づかないように」「欧州の都市XXでは、日本人を狙った置き引きやすりが増加している。手荷物や貴重品に十分に気をつけ、不審者から目を離さないないように」「東南アジアのXXでは、地元民が日本人に親しげに近づいたあとで、バーなどに誘い込み、睡眠薬を混ぜたアルコールを飲ませ、金品・クレディットカードなどを盗む事件が多発している」といったふうに、日本人にとって海外のどこがいかに“危険”であるかを知らせる番組なのです。要するに「海外“危険”情報」なのです、これは。
  そこのところにいくつかの重要な問題があります。
  第一の問題は、海外“危険”情報を、海外“安全”情報として伝えて、NHKが平然としていることです。どう受け取ろうとしても、これは“危険”情報番組でしかありません。NHKの夜9時のニュースは、その番組の最後に「そのニュース、核心はどこだ」という文字を写し出しますよね。「海外安全情報」の“核心”は、あくまでも、海外には“危険”があふれている、だから注意を怠るな、ということなのです。NHKは「これは、日本人が“危険”を避けて“安全”に海外に出かけ、住むための情報番組なのだ。だから安全情報でいいのだ」と強弁するかもしれませんが、それは、つまりは、何をどう伝えるかについてNHKが歪んだ、子供じみた考えしか持っていないことを示すものでしかありません。NHKは自分を欺いているのです。…“危険”を“危険”と言い切れない報道機関をあなたは信用しますか?
  第二の、もっと大きな問題は、“危険”が“安全”と言い換えられた=取り繕われた=歪んだ=こんな情報を受けつづけているうちに、事実が事実として伝えらないことに日本人全体が慣れきって、それで良しとするようになってしまう恐れがある、ということです。そのことに、NHKがまったく無頓着だということです。
  情報というものがこんなふうに手を加えられて伝えられることが普通になり、そのことを変だと思わなくなると、日本人は、何者かによる情報操作にやすやすと乗せられるようになってしまうかもしれませんよ。恐ろしいことだと思いませんか?
  東京電力福島第一原子力発電所の大事故を思い出してください。東京電力原子力安全・保安院が、特に初めのうちは、自分たちに都合がいい形に取り繕った情報を発信しつづけたということが明らかになってきています(基準を定かにしないで使われた“事故の収束”という言葉がそれを象徴しています)。常日頃から、取り繕い情報の受け渡ししかしていなかったせいで、東電にも、安全・保安院にも、日本政府にも、正確な情報=事実を伝えることがこのような大災害を乗り切るためにはいかに重要であるかが理解できていなかったということです。そのために、事故への対応が大幅に遅れたかもしれないというのに。
  日本の少子高齢“化”の問題についてはどうでしょう?
  いまのところでは、どの政党もこの深刻な問題に真正面から取り組んではいません。“化”という文字をつけることで、どの政党も、日本がすでに少子高齢社会に突入しているのだという事実から目を逸らせようとしているように見えます。目を逸らせて、何らかの手を打てば景気がよくなる、少子高齢“化”対策は景気回復のあとでいい、というような能天気なことを言う者さえいます。社会福祉費を負担する形態が(一人の高齢者を多数の“現役”世代が支える)“護送船団”型から(三人が支える)“騎馬戦”型へ、やがては(一人が一人を支える)“肩車”型へと移行していくと言われているのに!労働・生産力という点からいえば、日本の経済は、明らかに、自然縮小への道にその足をすでに踏み入れているというのに!“何らかの手”では間に合いません。日本という国の成り立ちの根幹部に届く画期的な政策がいま求められているのです。
  なのに(誰かに負担増を求めるのは“票”につながらないからなのでしょうね)少子高齢社会の問題に真剣に取り組もうという政治家はまだほとんどいません。日本国民にとって不幸なことです。
  自分の無為、無策を取り繕うためにあえて“化”を付して、切実な対策が求められるのまだは先のことだというように振舞うのはやめるときが来ています。政治家・政党は、将来の日本を活力のない、衰えた国にしないための政策をただちに考案、実行するべきです。政党間の足の引っ張り合いに終始して時間を無駄にしているゆとりは、いまの日本には、ありません。
  国民は政治家・政党にそのことを真正面から訴えるべきです。
  表面上の取り繕いをやめて事実=事の核心を伝え合うようにならなければ、日本人が抱えている問題は、それが何であるにせよ、いつまでも解決しません。
  NHKの「海外安全情報」はすぐに「海外危険情報」にそのタイトルが変更されるべきです。
  情報伝達ということに関する考えが子供じみて歪んだままでは、日本の将来は明るいものにはなりません。