第226回  「絆」の現実

  <日本漢字能力検定協会京都市下京区)は12日、2011年を表す漢字は「絆」と発表した。この日、世界遺産清水寺(同市東山区)で、森清範(せいはん)貫主(かんす)が特大の和紙に墨で書き上げた>(朝日新聞 岡田匠 2011年12月12日19時2分)
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  2011年の年末にかけて「絆」という言葉があちこちでずいぶん聞かれました。
  まずは被災者同士の、次には無事だった人たちと被災者との、いえ、大きく日本人同士の「絆」を固くして、東日本大震災東京電力福島第一原子力発電所での大事故を乗り超えていこうという尊い思いを象徴した言葉だったようです。
  しかしながら、現実は、たとえば…。
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  【震災がれき「受け入れない」6割 東西で意識格差】 (産経新聞 2011年12月30日13時02分)
  <東日本大震災に伴い発生した宮城県岩手県の震災がれきの処理について、「現状で受け入れをする考えがない」と回答した都道府県と政令市が計36団体あり、約6割に及ぶことが、産経新聞の調査で分かった。ほぼ全ての自治体が「放射能への不安」を理由に挙げた>
  <京都府は回答を拒否。2つの自治体が「住民の苦情で業務に支障の出る恐れがある」などとして、匿名を条件に回答した>
  <都道府県のうち、がれきを「すでに受け入れている」と回答したのは東京都、山形県山形市など6市町)、青森県三戸町)の3自治体のみ。「受け入れる考えがある」と前向きな姿勢を示したのは15にとどまり、「ない」とした27を下回った>
  <より深刻な“方針転換”もあった。佐賀県武雄市は市内のごみ処理施設での受け入れを計画。11月28日に受け入れを表明したが、直後から「苦しみをお前たち職員に与えてやる」などと脅迫めいた電話やメールが相次いだ。このため、わずか3日後に樋(ひ)渡(わたし)啓祐市長が受け入れを断念を表明>
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  放射線量が極めて小さくても、住民の健康にとっては安全だとされていても、「震災がれき」は「受け入れない」というのが、実は、「絆」を大事にしようと口では言う日本人の本心なのですね。
  自分に悪影響がちょっとでもありそうなら、いったんそうと分かってからは、「絆」なんかどうでもいい!自分がよければそれでいい!
  偽善というのはこういう態度を指すのでしょうね。
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  こんな「きずな」も生まれました。
  【民主離党の9人「新党きずな」結成へ 代表に内山氏】(朝日新聞 2011年12月31日20時24分)
  <民主党に離党届を提出した内山晃元総務政務官ら9人の衆院議員は、年明けに結成する新党の名称を「新党きずな」とする方針を固めた。1月4日に総務省に届け出る。代表には内山氏、幹事長には渡辺浩一郎氏が就任する予定>(この記事のあとで「新党きづな」と改称)
  時の風潮=「絆」ブーム=に便乗してこの議員たちがやろうとしているのは「次の選挙で落選したくない者たちの党」結成以外の何物でもないはずです。リッパな「絆」ではありませんか。浅ましい人たちですね。
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  でも、ちょっと振り返ってみてください。
  そもそも、日本人に、全体として、「絆」を大事にする美風があったことがありますか?
  沖縄の米軍基地の問題はどうです?
  普天間基地の移転先について、沖縄県民は「悪くても県外に」という鳩山元首相の言葉どおりに事が運ばれることしか望んでいません。戦後ずっと、日本全体の米軍基地機能の過半を小さい島で受け持たせられてきた沖縄県民にしてみれば、無理のない要求だ、と思います。
  さてさて、この問題に対する、「震災がれき」を受け入れない日本(本土)住民の態度といえば…。
  米軍がやってきたら、航空機事故の心配をしなければならなくなる、騒音に悩ませられる、米兵の犯罪の被害者になってしまう…。「うちの県(都、道、府)に移動してもらいましょう」とはだれも言いません。
  沖縄を助けようという議題が都道府県知事会に上がったことがありますか?
  沖縄県民が本土住民とのあいだに「絆」を感じたことがこれまでに、いくらかでも、あったと思いますか?
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  奇麗ごとを言って現実から顔をそむけるのはもうやめましょうよ。
  それが何であれ、現実をちゃんと見つめるところから、話を始めましょうよ。

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  【「絆」の精神喪失=日本在住の元Wポスト紙記者】(時事2012/03/11)
  <米紙ワシントン・ポスト(電子版)は10日、東日本大震災から1年を迎えるに当たり、同紙東京支局の元特派員で、現在は家族と神奈川県鎌倉市で暮らすポール・ブルスタイン氏の「日本は悲劇を経ても停滞から脱せず」と題する寄稿文を掲載した。この中で同氏は「絆」という言葉で象徴される震災直後の団結の精神が失われていると警告した><寄稿文で同氏は、放射性物質が検出されていなくても自治体ががれきの受け入れを拒否していることに触れ、「絆と言ってもそんなものだ」と失望を表明。消費増税をめぐる政治混乱にも落胆を示した。一方、現在の停滞打破には女性の就業機会の拡大などが必要だとしている>