第181回 田中康夫氏のこけおどしTPP論

  30年前に「なんとなく、クリスタル」という小説で「文芸賞」を受けた田中康夫という人物を覚えていますか?その後に長野県知事にもなったし、衆議院議員参議院議員も一期ずつ務めたあと、いまは新党日本の代表ですから、まあ、この人物の知名度を案じることはないのかもしれませんが…。
  その田中氏が自分のインターネット・コラム「にっぽん改国」に<TPPは羊の皮を被った狼だ>という一文を書いていました(2010年11月17日 掲載)。
  農業だけではなく<金融、保険、医療、更には派遣労働、公共調達、電波・放送、社会慣行……。ありとあらゆる分野で「非関税障壁」の“撤廃”が強要されるのは必至>という内容の、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定=環太平洋パートナーシップ協定)への反対論です。
  TPPのような、国の向きを変えるような大問題に一政党の党首として意見を述べるのはいい心がけだと思いましたが、その論法には大きな疑問符をつけざるをえませんでした。
  たとえば<早晩、看護師や介護士の資格試験を日本語でなく英語でも受験可能とせよ、と求められるでしょう。即ち、片言の日本語で従事するスタッフの出現です。痛みの具合を英語で伝えられない患者や老人は「非関税障壁」者となるのです>という主張はどうでしょう?正気の発言だとはとても思えません。第一に<片言の日本語で従事するスタッフ>は、その献身的な働きぶりで、労働条件が改善しないためにやる気をなくしている、日本語が堪能な日本人よりは患者や高齢者にはありがたい存在であるかもしれませんよ。第二に、世界のどこの国が<痛みの具合を英語で伝えられない患者や老人は「非関税障壁」者となる>というような事態に甘んじるでしょうか?手の打ちようはいくらでもあると思いますが、それ以前に、<痛みの具合>を正確に聞き取ることは、自国で看護士や介護士の資格を取得してきた外国人には、さほど難しいことではないはずです。田中氏はいったい何を恐れているのでしょう?スペインが世界を制覇した時代にその植民地がことごとくスペイン語化されたことでも頭の隅に浮かんだのかもしれませんが、田中氏の思考には日本と日本人の主体性というものがすっかり欠如しています。田中氏は国辱ものの敗北主義者であるようです。理性的に考えれば分かることです。
  自分のサイトの読者の知力を、自分と同等に低いか、あるいはそれ以下だと思い込んでいなければ、こんな粗末な議論はできないのではないかと思います。
  <政府に留まらず自治体の公共事業、更には文具等を購入する公共調達の入札も「開放」せよ、と求められるでしょう><笑い話ではありません>という個所は?<文具等を購入する公共調達の入札も>ですって?そのことの何が問題なのでしょうか?そんな小まめな国があったら要求させたらいいではありませんか。その何十倍も付加価値をつけられる製品で日本は外国に向かって同様のことを要求すればいいだけのことです。貿易というのは、もともとは、そういうものでしょう?
  TPPのマイナス面だけを意図しておおげさに強調するのは公正な議論ではなく、ただの低俗なプロパガンダです。そのために、このエッセイでは<きめ細かいFTA、EPAを各国と締結してこそ、WinWinな通商国家の面目躍如>というせっかくの提案が軽薄な思いつきに聞こえてしまっています。