第179回 空騒ぎはもういらない

  国会での議論にであれ、報道機関の論調にであれ、そこに表れている論理性と思考力ということに焦点を絞って耳を傾ければ、いまの日本には、国際社会に通用する論者がほとんどいないようだ、ということに気づかずにはいられません。事を理詰めで積み上げながら有能な外国人と対等に話すことができる者はほとんどいないのではないか、と思えます。
  野党のある議員が予算委員会で「あの大臣に対する問責が必要だ」あるいは「あの大臣には辞任してもらうしかない」と声を荒げます。その際に絶対に聞けないのが<その大臣が行ったという問題発言>と<問責あるいは辞任の必要性>とのあいだの具体的な関係です。その問題発言がなぜ、その野党議員が求める制裁に値するかについては、だれも説明しないのです。日本の悪しき慣習として説明しないで通用するものだから。
  野党議員たちはおのおのの直感や情緒に基づいてしゃべっているだけなのです。かくかくしかじかの理由でこういう制裁に値するのだ、と述べる議員はまずいません。たとえば、その<国会軽視>の発言が<大臣としてふさわしくない>と言い張るだけです。なぜ<大臣としてふさわしくない>のかは、論を聞いている者には、結局のところ、何も分かりません。その大臣の問題発言でどんな国益が損なわれたのかも明らかではないことが普通です。
  自衛隊に限らず世界中の軍隊が“暴力装置”であることは分かりきったことではありませんか?その“暴力装置”で国を守っているところもあれば、他国を侵略しているところもあるわけです。要は(それが自衛隊と呼ばれようと、国防軍と呼ばれようと)軍隊の本質は“暴力”を行使する能力でしょう?自衛隊を“暴力装置”だと冷徹かつ哲学的に認識している官房長官が謝罪を強いられる?
  自衛隊暴力団呼ばわりした、というような非難をする石原東京都知事のような政治家や報道機関は、これからは、国際政治について語ってはなりません。あなたたちには語る資格がないのですから。平和憲法があろうとなかろうと、軍隊はあくまで<国が合法的に保有する“暴力装置”>なのです。そのことのどこが悪いのですか?その共通する認識に乗って世界は動いているのです。
  「二つの回答を知っているだけで大臣が務まる」という趣旨の発言をした大臣が<国会軽視>だとして非難されています。「二つの回答」ですむと言われるような質問しかしない野党の無能ぶりを責める声がどこからも聞こえてこないのはなぜなのでしょう?野党がちゃんとした質問をしないから、私的な会合で、そんなふうにばかにされたのだ、というのが本当のところでしょう?大臣がちゃんと答えなければならないような質問がまったくできないことこそが野党による<国会軽視>ではないのですか?無能な野党を相手に皮肉を言うことが<国会軽視>?そうだと言い張る人たちの頭脳はいったいどういうふうに動いているのでしょうか?
  【参考意見】[記者レク]郷原信郎柳田法相は辞任する前にやるべきことがある!
         郷原信郎氏(名城大学コンプライアンス研究センター長)
         http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2010/11/post_701.html
  日本では、何事においても、そんな調子で論議されます。事の本質を問わずに、相手の言葉尻を捕らえて大声で非難すれば何かを論じていると信じる人たちによって。だれかの口封じに走る前に、自分の頭脳は道理が分かるようには働いていないのではないかと疑ってみるべきです、この人たちは。
  海上保安庁では、日本の領海内で何か事故や事件があった場合には、それを撮影したヴィデオがあれば、将来に起きるかもしれない同様の状況への対処の仕方などを学ばせるために、そのコピーを庁内に広く配布するか、コンピューター・ネットワークを使って個々人が見ることを可能にするかして、関係する職員たちに勉強、研究させていた、ということですよね。長年の慣行だったようです。…当然にも、自民党政権時代からの。
  いま日本中が大騒ぎしている<尖閣ヴィデオ>も、問題の重要性あるいは微妙さが認識されるまでは、おなじ扱いを受けていたそうです。そんなふうに扱われていたヴィデオを、動機はどうであれ、一人の職員が自らの判断でインターネットに載せたわけですが、それだけのことでなぜ関係大臣が罷免されたりしなければならないのでしょうか?だれも説明しません。
  それまでの慣行に問題があったというのなら、むしろ自民党前政権の情報管理のやり方の是非が問われるべきではないのでしょうか?
  職員が独断でヴィデオを公開したことは<公務員の守秘義務>違反に当たるのかもしれません。ですが、海上保安庁長官もクビにすべきだ?大臣も?
  なぜそういう短絡的な議論、要求になるのでしょうか?
  過去に発生した事件や事故について庁内で広く勉強、研究しようということがそもそも間違っていた、というのでなければ、長官や担当大臣を辞めさせろ、という議論、要求が出てくるのはおかしいと思いませんか?それほど広く出回ってたのなら、見たものの中に「広く世間にも見せたい」と考える者が出てきても、事の良し悪しを別にしていえば、格別に不思議ではないでしょう?インターネットの時代なのです、いまは。
  だいたい、あの<尖閣ヴィデオ>には、日本の国家機密や国益に関わる重要な価値はありません。日本政府が中国政府に、早々に、見せていたところで、中国政府は「これで実情が分かった。中国の漁船が悪かった。このことで反日感情が高まらないようにする」などとは絶対に言っていなかったでしょう。船長よりも先に帰国した漁船員たちから事情を聴取して、中国政府は何もかも知っていたのですよ。知ったうえで、この事件をどう利用すれば対日関係で優位を保つことができるか、と考えていたに違いありません。<尖閣ヴィデオ>には、中国政府に対して、水戸黄門の印籠並みの“効能”があったはずだ、というような主張は、あまりにも子供じみています。<尖閣ヴィデオ>を中国政府がどの時点で見たかは、事の本質=尖閣諸島を中国政府が中国領だと主張していること=とは何の関係もありません。
  読売新聞の11月18日の社説の次の個所を見てください。<そもそも、衝突事件発生直後に映像を公開していれば、その後の中国との軋轢(あつれき)は防げた可能性があった。今回の映像流出も起きなかっただろう>
  <軋轢は防げた可能性があった>ですって?どういうふうに<あった>というのでしょう?読売は何も言いません。思い込み、希望的観測を述べているだけです。<今回の映像流出も起きなかっただろう>ですって?<流出>が起きて、現実に、どんな不利益が日本にあったというのでしょう?<守秘義務違反>の疑いのほかに、<流出>のどこがいけないのでしょう?読売は何も言っていません。国政に混乱があった?無用で無益な混乱を起こしているのは、どちらかといえば、空騒ぎしている(野党と)報道機関でしょう?
  国会を見ても、政権の座を追われてまだ間もないのに早くも日本風“野党根性”に染まってしまった自民党をはじめとする各野党が、従前と少しも変わらない“粗探し”をして自己満足に陥っている図しか見えません。
  国会議員も報道機関も、ちゃんと筋道を立てて考え、議論してください。自分たちの主張にはこれこれの根拠があると言い切れる議論をしてください。こんな論理展開でいいのだろうか、と常に自己検証してください。
  あえて言いますと、“たかが”<尖閣ヴィデオ>程度の問題でこれほど無益な大騒ぎができる<世界の主要国>は日本ぐらいだと思います。
  膨大な量の国防関係の秘密資料がウィキリークに暴露されたアメリカの国益損失の大きさを思い浮かべてみてください。そのアメリカでどんな大騒ぎが起こっていますか?
  国会での時間を無駄に使わないでください。国民が収めた税金を<尖閣ヴィデオ>程度の問題に費やしすぎないでください。
  ゆるぎない根拠を挙げて議論する日本人があまりにも少なすぎます。自分の意見に「なぜ?」と問い返す論者が少なすぎます。
  国民の感情や情緒に訴える論法に頼っているだけでは、いつか<しっぺ返し>を食らいますよ。足もとをさらわれますよ。その非論理性が命取りになりますよ。いやいや、日本そのものが傾きますよ。
  民主党政府も、自分たちがいかに愚かな思考しかできないでいるかに気づくべきです。脈絡のない、場当たり政治はやめてほしいものです。
  よくよく考えてください。自説を述べる前に。
  中国を含めて、外国政府要人たちは日本の政治家たち、報道機関よりはうんと筋道が立った議論ができますよ。少なくとも、自国にとって何が利益であるか、不利益であるかがちゃんと分かっているはずですからね。