第156回 誤訳の責任も取らないくせに

  日本の報道機関がいかに無責任、不正直であるかを感じる機会は、残念なことに、少なくはありません。下に掲げる時事通信の記事もその代表的な例だといえます。
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  <「浮世離れした」が真意=鳩山首相コラムで釈明−米紙> (4月29日1時4分配信 時事通信

  <米紙ワシントン・ポストのコラムニスト、アル・ケイメン氏は28日付の同紙で、核安全保障サミットの「最大の敗者」を鳩山由紀夫首相と指摘した14日付のコラムについて、首相を「ルーピーloopy)」とした意味は「愚か」や「いかれた」ではなく、「浮世離れした」というのが真意だと指摘した>
   <同氏によると、ルーピーの意味に関して、島根大学の教授から問い合わせを受けたことを明らかにした上で、ルーピーは「組織のトップレベルの意思決定について十分な情報を得ている状態の対極の意味」であり、特に「変に現実離れした人を意味する」と釈明した>
  <14日付の同コラムをめぐっては、平野博文官房長官が記者会見で、「一国の首脳に対して、いささか非礼な面があるのではないか」と不快感を表明するなど日本で大きな反響を呼んだ> 
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  どこが無責任で不正直であるかといえば…
  時事通信を含めた(わたしが気づいた限りでは)すべての報道機関が<ワシントン・ポスト紙に鳩山首相が“愚か者”あるは“いかれた人間”だと呼ばれた>と報道していたのに、それが誤りだった−といまだに読者に謝罪をしていないところです。
  誤訳・悪訳した記事をまことしやかに報じ、国民にその嘘を信じ込ませておいて、あとでその誤りが明らかになってもけっして謝らないのというのは、実は、日本の報道機関の大きな特徴の一つです。
  <日本で大きな反響を呼んだ>というのも大きなごまかしです。自らが犯した誤訳・悪訳に悪乗りした報道機関が勝手に大騒ぎしただけ、というのが真相なのですから。
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  また、ワシントン・ポストのコラムニストが「釈明した」という、厚顔無恥な書き方も許されてはなりません。
  アル・ケイメンが使った「ルーピーloopy)」という単語を<「愚か」や「いかれた」>と訳したのは(事がアメリカからの対日批判になるとたちまち自虐的になることを得意技にしている)日本の報道機関なのですよ。「愚か」や「いかれた」という誤訳の責任は、当然のことながら、ケイメン氏にはまったくありません。ケイメン氏が「釈明」しなければならない理由はどこにもありません。
  島根大学の教授に、「ルーピーloopy)」にはこういう用法もあるのだと“教示”した、というのが現実です。
  この“教示”を「釈明」と言い換えて、自らの過ちを覆い隠そうという、日本の報道機関の浅ましさ!
  (時事通信以外の報道機関はこの“釈明”さえ報じていないようです!)
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  日本の報道機関はいつも<庶民感覚=常識>を正義の礎のように扱いますね。そのくせ、その<庶民感覚=常識>からいえば、<「愚か」や「いかれた」>という訳がおかしいことに、報道機関は気づいていませんせんでした。
  考えてみてください…
  ワシントン・ポストというのは世界を代表する“良識派”の“高級”新聞なのですよ。そんな新聞が、仮にも一国の、まして主要同盟国の首相を名指しで<「愚か」や「いかれた」>と決めつけると思いますか?
  そんな悪態をつくと思いますか?
  現実にそう思って記事を流布させた日本の報道機関が言う<庶民感覚=常識>がいかにでたらめで歪んだものであるかが、このことからもよく分かります。
  そんな誤訳・悪訳をしでかす前に、もう少し熱心に辞書を調べておくべきだったのです。調べて、さらに、訳例の中からそんな、最もオゾマシイものを選んでいいのかどうかを(報道機関全体で!)検討しておくべきだったのです。
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  ちなみに、「小学館ランダム・ハウス英和大辞典」はLOOPYを 1輪(環)の多い 2(話)常軌を逸した、変わった、頭がおかしい 3(話)(特に酔って)正体のない、混乱している、ぼうっとしている、ふらふらの 4(スコットランド)ずるい、こすい と説明しています。
  「愚か」や「いかれた」はここにはありません。
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  いやいや、もっと重大だと思われるのは…
  「ルーピーloopy)」という単語を「愚か」や「いかれた」と訳した時点で、まだ、日本の報道機関が、のちに平野博文官房長官が記者会見で示した程度の「不快感」さえ抱かなかったという点です。
  仮に、外国の、名もない一新聞の、一コラムニストの意見だったにしても、自国の首相が「愚か」や「いかれた」と蔑まされているのに、ただへらへらとそれを報じるだけ、というのはどういう姿勢なのでしょう?
  まして、ここでは<世界を代表するワシンオン・ポストが日本の首相をおおっぴらに蔑んだ>という話なのですよ。
  一斉に抗議するのが日本の報道機関の“使命”だったはずです。
  日本の報道機関には“骨”がありません。何が正しい報道姿勢なのかが分かっていません。
  実に情けないことです。
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  それに、島根大学の教授が問い合わせていなかったら、日本の報道機関は、こんな常識外の誤訳・悪訳をしたことに気づいてさえいなかったわけですよね。
   民主党の“自浄能力の欠如”を責めつづける報道機関が、自らの英語能力の貧しさを隠し、その誤訳・悪訳で日本人全般に、報道機関同様の“自虐趣味”を植えつけるという大きな迷惑をかけたばかりか、とてつもなく不愉快な思いをさたことをわびようともしない−というような態度はけっして見逃されてはなりません。
  誤訳の基がケイメン氏にあったかのような破廉恥な嘘報道を国民は受け入れてはなりません。
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  全体的に言えば、日本の報道機関はその根幹のところで、間違いなく、腐りかけています。
  ますます信用できなくなっています。
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  まさかそんな間違いはないだろうと思いますが…
  上の大辞典の<LOONY>の項を見てみますと、そこには(極端に、または常識を外れて)「愚かな」「まぬけた」という訳例があります。