第154回 天声人語 おまえもか!

  自民党がここまで凋落したのも、米軍普天間基地の移設をめぐって民主党政府の方針・戦術がこれほど混乱しているのも、その原因は、何よりもまず、論理的な思考能力=日本語力が自民党にも民主党政府にも欠けているからではないだろうか−と思うようになっています。前の衆議院議員選挙での敗因の正しい分析が自民党にはできていませんし、一方、沖縄県民とアメリカ政府を説得できる論理を(理工系大学出身者が首相であるにもかかわらず)民主党政府は持ち合わせていないのです。
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  そこで…
  <東京の調布市に仙川(せんがわ)という私鉄駅があって>という書き出しに、次の三文のうちの一つをつなぎたいのですが、整合性のうえで最も“落ち着きが悪い”のはどれでしょうか? 
  ①<この駅がここ数年のあいだに急速に乗降客数を増やしているという> 
  ②<2本の古い桜が枝を伸ばしている> 
  ③<その駅舎のレトロ風の造りが鉄道ファンのあいだで大きな話題となっている>
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  ②ではないでしょうか。なぜなら、①と③が<私鉄駅があって>を受けてちゃんと<駅>の説明をしているのに対して②は<駅>とは直接の関係がない<桜>をいきなり描写しているからです。
  ②から落ち着きの悪さを取り除くためには<私鉄駅があって>と<2本の古い桜>とを、たとえば、<その駅構内で>だとか<その駅前広場の片隅で>だとかいった説明でつながなければならないはずです。
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  ②<東京の調布市に仙川(せんがわ)という私鉄駅があって、2本の古い桜が枝を伸ばしている>を問題にするのは、これが朝日新聞天声人語(2010年4月10日)の書き出しだったからです。このように論理が通らない文を天声人語が書いているからです。このコラムの文章を手本にして自らの日本語力を磨こうとしている人びとがまだいるに違いないのに②はそれらの人びとの期待を裏切っているのです(ちなみに、①と③の文は、いずれも、事実を告げているのではありません)。
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  論理がちゃんと通っていない文を書くのはもちろん朝日新聞だけではありません。
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  <中国当局は、10日のチベット動乱50周年と合わせ、徹底した取り締まりと「愛国教育」を続けておりラサ市では治安部隊による厳戒態勢が敷かれた>という文は時事通信にあったものです(2009年3月14日)。
  ここでは<「愛国教育」を続けており>と<戒厳態勢が敷かれた>とのあいだに、たとえば<その目的を果たすために>というような字句が挟まれなければなりませんし、さらには、<中国当局は>という主語は<戒厳態勢が敷かれた>ではなく<戒厳態勢を敷いた>で受けるのが正しいでしょう。
  もっと書き換えて<10日のチベット動乱50周年と合わせ、徹底した取り締まりと「愛国教育」を続けている中国当局は、ラサ市では治安部隊による厳戒態勢を敷いた>とすることもできます。よりすっきりした文だと感じますが、今日の報道機関はまずこうは書きません。<…おり><…おらず>を多用しているうちに、こういう文を書くことができなくなってしまったものと思われます(http://d.hatena.ne.jp/kugen/20090614/1244951639)。
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  日本の報道機関が使う日本語はいま“問題だらけ”です。報道機関にその自覚がないように見えることがまた怖いことに思えます。
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  <学校徴収金(年間6万4000円)は生徒会やPTA会費など学校運営費として毎月徴収しており、それぞれ4万4600円、4200円を滞納していた>(読売新聞 2009年3月14日)も、これだけでは意味が分かりません。
  <都内では、ここ5年間に同じような事故で子どもがけがをする事故が8件起きていて、業界団体が注意を呼びかけています>(ソース不明 2010年4月8日)では、<事故が8件起きていて>ではなく<起きていることから>や<起きていることを受けて>の方がよほどすんなりと読むことができます。
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  日本の報道機関に再び訴えます。
  論理性にかけた、幼稚な日本語をこれ以上に広めるのはやめてください。
  記者たちへの日本語教育を強化してください。
  おかしな日本語を使ったことを読者から指摘してもらう制度をつくってください。
  長期的に見れば、日本語を日々刻々と社会に送り出しつづけている報道機関の責任は重いのです。
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  論理的な日本語が使えなくなると、あらゆる分野での国際競争で、日本は後れをとってしまいます。厳密で論理的な考察に長けた国ぐにに負けてしまいます。
  国内政治も停滞・混乱してしまいます。
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  鳩山首相小沢民主党幹事長への不信が高いレヴェルにとどまっているのは、世間に広く信じられているのとは異なり、政治資金に関する彼らの説明が不足しているから−ではなく“論理的ではない”からだと思います。
  前の選挙で自民党が大敗した原因をこの上なくよく象徴していたのは、麻生元首相の幼稚な思考回路でした。
  言語力を高めないと、日本はますます、こんな政治家だけが幅をきかせるおぞましい国になってしまいます。
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  少し違った角度から…
  日本では火災を報道する際には<XX市○○町でXX日○○時ごろ火災が発生し、消防車13台が出て消火に当たり…>というように表現します。
  馬鹿を言ってはいけない−とは誰も思わないのですね。だって、消防車が自ら<出る>わけがありませんし、<消火>に当たることもないのですよ。
  では、普天間基地移設に関する協議相手国であるアメリカでは?当然なことながら<消防士XX人が出動して消火活動を行い…>といった具合に、人間を中心にして報じます。
  消防車が自ら消火に当たるといような“人間不在”で無責任な表現に子供のころから慣れさせられてきた人物に論理的な思考力=日本語力が身につくと思いますか?
  報道機関は、こういう言い方もゼッタイニ避けるべきです。
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  たまたま、南日本新聞(4月13日)にこんな見出しを見つけました。
  <普天間移設徳之島案「手続き間違っている」民主鹿児島県連・川内代表>
  記事の一部を引き写します。
  <「軍事的評価、実現の可能性を差し置いても今日まで(政府から)県連だけでなく首長や議会、自治体などに正式な情報提供がない。マスコミ報道だけだ。情報を共有しておらず、物事の進め方として絶対無理だ。論理的にあり得ない。沖縄の負担を分かち合おうという気持ちはあるが、賛否以前の問題。手続きが間違っている」>