第117回 レーガン“マネーゲイム”経済の負の遺産

 
  麻生首相が(そんなタイヘンナモノとオレは対決しているのだというところを国民に見せつけようというのでしょうか)好んで“100年に一度”と呼ぶ世界不況は、アメリカのオバマ大統領によれば、どうやら底を打ち、景気はいくらか回復の兆しを見せ始めた、ということですね。

  ところで……。
  低所得者向けの住宅金融<サブプライム・ローン>の焦げつきがアメリカ国内でまだ表面化していなかった2004年から2006年の前半にかけて、わたしはカリフォルニア州のリヴァーサイド郡に住んでいました。
  リヴァーサイド郡の特に南部は当時、全米で一、二を争うような住宅ブームに沸いていました。
  たとえば、ゴルフ場でたまたま出会った人びとの中にも、自分が過去数年のあいだにいかにうまく住宅を売買してどれほど儲けているかを得意げに話す人が何人もいました。
  
  典型的な形に単純化すれば……。
  数年前に、ほとんどが借り入れ金だったものの、25万ドルで買った住宅が、いまは35万ドルになっている−−いまのブームを見れば、住宅価格が下がることはありえないから、この住宅を35万ドルで売って、次には40万ドルのを買う予定だ−−売ったカネで25万ドルのローンを完済してもまだ10万ドルほどの手持ち現金があるわけだから、そうちの5万ドルで、念願だった高級SUB(スポーツ・ユティリティーヴィイークル)を買い、あとの5万ドルを頭金にすれば、その40万ドルの住宅が買える−−というような話でした。

  (住宅の買い替えで儲けるだけではおもしろくない、カネを貸す側に回ればもっと稼ぐことができるといって、自ら小規模なローン会社を経営し始めたゴルフ友達もいました)

  そういう買い替えをやれば、初めは25万ドルだった借り入れ金額が35万ドルに膨れ上がってしまうという現実に真剣な目を向けている人には会ったことがありませんでした。
  その35万ドルという額は、自分の仕事で得られる収入ではとても返済しきれるものではない−−住宅の値上がりが止まれば返済できなくなる、ということを心配する人もいないようでいた。
  そういう人たちは、その借り入れ金が仮に<借り入れ利率は、最初の数年間は低いが、その後急速に上がる>といういわゆるサブプライ・ローンだったとしても、あまり気にしてはいなかったはずです。利率が上がる前に住宅価格自体がまた高騰するから、それを基にしてまた借り替えればいい、と考えていましたから……。

  この調子で住宅価格が上昇しつづければ、そのうちに住宅が買えなくなる人びとが出てくる−−つまりは、住宅価格の上昇率が鈍くなる−−悪くすれば、価格が下落する=自分の住宅の価値が下がることもあるかもしれない−−そうなれば、自分の借り入れ金返済計画に狂いが生じる、と先を読んでいる人は、少なくともわたしの周囲には一人もいませんでした。

  住宅ローン会社は大から小まで、そういう人たちにほとんど無制限に貸し付けを行っていたのですね。
  いま思えば、巨大金融・投資・証券会社は、そんな貸し付け債権を基にして新たな商品を開発し、全世界に売っていたのですね。
  マネーゲイムによる繁栄に慣れきっていた世界各国の金融・投資・証券会社などが大きな規模でその金融証券を買っていたのですね。

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  1987年の夏から数年間、当時ロサンジェルスで発行されていた「加州毎日新聞」(California Daily News)で働きました。この日系コミュニティー新聞には「時事往来」というコラムがありました。
  その1988年9月7日版にわたしは<米国経済の再生>という文章を書いています(http://d.hatena.ne.jp/ourai09/20090422/1240353608)。

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  レーガン政権がもたらしたとされる繁栄は虚像にすぎない。確かに、レーガン政権下ではインフレが抑制され、失業率も低水準に保たれ、消費も順調だが、この繁栄を支えてきたのは実は外国からの借入金(現注:財務省証券など)と投資金だ。政府、民間企業が借りたり招じ入れたりしたカネが国民のあいだを流れ、つかの間の好景気が出現したというだけのことだ。

  米国はこの八年間、自分の働きや稼ぎ以上の暮らしを楽しんできた。明確なのは、膨れあがった借金(現注:連邦赤字)を返済しながらこの暮らしぶりを維持するには、現在以上に働くしかない、ということだ。もし働きたくないというのなら、暮らしの質を落とすしかない。

  (現注:次の大統領選挙の)投票日が目前に迫っている。共和党民主党はいまこそ国民に、もっと働き、暮らしを慎ましやかにし、貯蓄に励み、産業育成にカネを回すよう呼びかけるべきだ。だが、一票でも多く欲しい両党が、つかの間の好景気に浮かれている国民の頭に冷水を浴びせるようなことをする可能性は低い。

  レーガン大統領の経済運営に批判的な人々は、同大統領の「自由放任主義」信奉のために米国は全体として産業基盤の整備に無関心でありすぎたし、「マネーゲイム」に群がり、長期的再投資を放棄、生産活動の重要性を忘れ果てていた、と指摘している。

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  現在の“100年に一度”の大不況は、どうやら、レーガン大統領が推し進めた“小さな政府”“市場至上主義”に裏づけられた“マネーゲイム”に始まった、と言っていいようです。
  ブッシュ前“史上最低”大統領はおなじ共和党の先輩“大レーガン”のこの経済政策を“政府は何もしない”というところまで昇華させて踏襲しただけでした。
  
  景気は回復の兆しを見せ始めたといっても、オバマ大統領とアメリカ国民、世界中の人びとはまだまだ、想像を絶するような困難に直面しています。
  多くの民主党員を含めてアメリカ国民があれほど愛したレーガン大統領の“負の遺産”を世界はいまどう処理するのか?
  ……まだだれにも見えていないようです。