第79回 裁判員制度はうまくいきますかね 2008/04/01  閲覧(367)

  フィリピンのケーブルTVでも見られるアメリカの番組の一つに<あなたは小学5年生よりも賢いかな?>というクィズ・ショウがあります。
  問題はアメリカ人が小学5年生までに学校で教えられる事柄の中から出されます。算数、地理、歴史、理科…。
  このショウのプロモーションCMの中には、成人男性が<2X5はいくつか>という質問に立ち往生してしまうシーンも含まれています。掛け算の九九を早く習う日本人には、これは「わたしをばかにするのか?」という類の問題なのでしょうが…。
  ショウの中で<アメリカ合衆国と最も長い国境で接している国の名は?>という問いに、カナダではなくメキシコと誤答した女性もいました。

  こういう問題が10問用意されていて、すべてに正解すると100万ドル(1億円)の賞金が手にできるわけです。
  しかも、解答者自身が自分一人だけで全問に正解する必要はありません。解答者には、小学5年生までの<クラスメイト>が5人います。このクラスメイトたちの中から誰かを選んで、三回まで助けを求めることができます。日本で言うカンニングができるのです。
  たとえば、<A Trapezoid (台形)には何辺あるか?>という問いに正答したのは解答者当人ではなくクラスメイトでした。

  このショウの視聴者は(自分が全問に正解できるかどうかについてはあまり考えずに?)“こんな簡単な問題”に答えられない出演(解答)者の姿を見て、あきれたり笑ったりしているのでしょう。視聴率はかなりいいそうですよ。

  さて、出演(解答)者の“学力”はおおかた“そんなもの”のようですが、日本人と比較して“大差がある”と感じてしまうのは、そんな解答者たちが<自分が正答を知らない理由><間違った理由><クラスメイトの助けがいる理由><正答を知っている理由>などを説明する際に、実に“論理的である”点です。
  説明が整然としているのです。

  アメリカに滞在していた20余年間に<陪審員として裁判所に出頭するように>にという通知を何回ももらいました。年に二回通知が来たこともありました。外国人にはその義務が免除されていますから、わたし自身は一度も陪審員として裁判に関わったことはありませんが、平均的なアメリカ人なら<生涯、一度も陪審員を務めたことがない>という人は少ないのではないでしょうか。「一生のうち、裁判員に選ばれる確率は67人に一人といわれています」(ALL ABOUT)という日本とは、制度の身近さが違うのです。
  身近な制度ですから、国民がよく教育されています。陪審制度に関する知識が(本や映画などを通じても)よく行き渡っています。

  加えて、アメリカ人は初等・中等学校教育の過程で<自分の意見を論理的に伝える>ことの大事さを学んでいるようす。論理的ではない他人の意見を見破る訓練も(だれもがそれを身につけるわけではないにしても)受けています。
  上のクィズ・ショウの解答者たちが自分の主張・考えを整然と述べられるのはそのせいだと思われます。

  日本にも裁判員制度…。

  たとえば<…をする><…がしたい>と直截的に、明確には言わずに<…ができたらいいかなと思う>などと、あいまいなことしか言えなくなっているいまの日本人に、他人を死刑にしたり、終身刑を与えたりすることができるでしょうか?
  確固とした自分の意見を持ちたがらなくなっているいまの(平均的な)日本人に、決断するための情報などを裁判員に与えてくれる裁判官や専門家の意見の是非を問い直す能力があるのでしょうか?

  国民の、そのような覚悟や能力は一朝一夕には生まれないのではありませんか?
  十分な基礎知識が国民のあいだにちゃんと植えつけられるまでにはかなりの年月が必要だと思われます。
  裁判員制度の導入が決まってから、日本政府・最高裁判所は国民に対してどのような教育・啓蒙活動を行ってきたでしょうか?
  ほんの一部の試みを除けば皆無に近いのではありませんか?

  そんな状態のまま、裁判員制度を予定通り(来年5月)に導入してもいいのでしょうか?
  準備は万全にできているのでしょうか?
  賢い日本人のことだから、なんとかうまく運営していくだろう?
  ことは死刑や終身刑に関わっているのですよ。<だろう>では十分ではないのではありませんか?

  この制度の推進者ちはあまりに楽観的なのではないかと、オフザケ気味の、アメリカのクィズ・ショウを見ながら、感じています。

  裁判員制度に関する最高裁の調査結果が1日、発表されました。(朝日新聞から)

  この制度に<「参加したい」「参加してもよい」と意欲を示した市民の割合は15.5%にとどまる>そうです。

  参加したくない理由には<「被告の運命が決まるため責任を重く感じる」(75.5%)><「素人に裁判ができるのか不安」(64.4%)><「裁判官と対等な立場で意見を発表できる自信がない」(55.9%)><「身の安全が脅かされるのではと不安」(54.6%)>などが挙げられていたということです。