〜第23回〜 「だって、わたし‥」 一般 2007/10/01 閲覧(365)

今回はホノルルのある店での体験談です。
  

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  2000年の秋、甥っ子の一人がハワイで結婚式を挙げました。
  式には当然、その甥っ子の親、わたしの兄夫婦も出席したわけですが、式が無事に終わると間もなく、兄夫婦は(日本人旅行者の多くがが海外でそうするように、二人がハワイに来たことを知っている人たちへの)お土産の心配をし始めました。

  わたしたちがその店員さんに出会ったのは、ある交差点の角にあったチョコレイト《GODIVA》の店でのことです。
  東アジア系と見える、どちらかというと小柄で細身の、髪が長い、端正な顔立ちの女性でした。年齢は20歳代の前半だったでしょうか…。

  兄夫婦はまだ、チョコレイトを誰かへの土産にすると決めていたわけではありませんでした。ですが…。
  あれこれ思案しながら品定めをしている兄夫婦に対するこの店員さんの接客ぶりには、3人の間で通訳をしていたわたしがすっかり感心させられてしまいました。

  兄夫婦への対応が手際がよくて、能率的で、しかも実に好感が持てるものだったのです。
  ある品の前で二人がちょっと思案していると見ると、さっと下がって二人に時間を与える。二人がある品に新たな関心を示すと、たちまち、短いけれども的確な説明をする。そうしている間にも、通訳の必要がなくて、二人をただ見守っているわたしに(店が無料で提供している)コーヒーを勧める。他の客が入店しかけると、温かい笑みをそちらへ向ける―。

  兄夫婦が<日本の《GODIVA》専門店ではまだ売られていない>という新製品を(とりあえずその日は)二箱だけ買うことにしたところで、わたしはその店員さんにこう言わずにはいられませんでした。

  "Wow! You're one of the best store clerks I've ever seen in my whole life!"

  にっこりと笑った店員さんの反応の言葉は、そんな場合に予想されるただの「サンキュウ」ではありませんでした。
  彼女は目を輝かせながらこう言ったのです。

  "That's why I'm a Japanese!"

  「だって、わたし、日本人ですもの!」

  店員さんの笑顔には誇りが満ち溢れていました。

  <日本人のハワイへの移民の歴史を考えると、この若い日系人はおそらく四世か五世ではないだろうか>とわたしは瞬時のうちに考えました。<その四世か五世の若い日系人がいまも、日本人、日系人であることを誇りにしながらここ(日系だけではなくフィリピン系、中国系、韓国系などなど、多民族の移民でできあがっているハワイ)で生きているのだ!>

  わたしは、たぶん、民族主義的な考え方からは最も遠いタイプの人間でしょう。
  にもかかわらず、わたしは少なからず感動していました。
  その店員さんの生き方の過去・現在・未来がその言葉の中に集約されているように感じたからです。日系人として真摯に、懸命に生きてきた、生きている、生きようとしている姿がすべて、その言葉の中に見えたと思ったからです。

  いまの日本の若者たちの中に、誇りを持って「だって、わたし、日本人ですもの」と言える人がどれぐらいいるでしょうか。
  いまの日本の社会は、若者たちが「だって、わたし、日本人ですもの」と目を輝かせながら言える状態にあ、るのでしょうか。