第345回  自分が理解できるようにしか理解しない

  こんな記事がありました。
  【謝罪明確にしなかった…米メディア、厳しい評も】(http://www.yomiuri.co.jp/world/20150430-OYT1T50073.html?from=ytop_main4)読売新聞 2015年04月30日
 <【ワシントン=今井隆】安倍首相が米議会で29日に行った演説で、米メディアはいわゆる従軍慰安婦問題などについて首相が「謝罪」をしなかったことを、「首相は今回も(謝罪を)明確にしなかった」(ニューヨーク・タイムズ紙)などと報道している>
  <韓国系米国人団体が首相に「公式謝罪」を盛んに要求していることが影響しているとみられる
  <首相は演説で「自らの行いが、アジア諸国民に苦しみを与えた事実から目をそむけてはならない」とし、日本が過去にアジアの人々に苦痛を与えたことを自らの言葉で語った。だが、米メディアの視線が集まる慰安婦問題に関する直接の言及はなく、「遠回しに言っただけ」(ワシントン・ポスト紙)などと報じられている>
  <議会前では、韓国系米国人ら約400人が抗議集会を開いた。参加者は「安倍首相は公式謝罪を」「慰安婦のために正義を」「悔悟は謝罪と違う」などと書かれたプラカードを持ち、首相の演説が始まるとシュプレヒコールを上げた>
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  太字にした<韓国系米国人団体が首相に「公式謝罪」を盛んに要求していることが影響しているとみられる>という個所が問題です。この部分は、この記事を送った今井隆の主観的な“観測”にすぎないではありませんか。だって、そう「みられる」根拠が示されていませんからね。なぜ<影響しているとみられる>のかが書かれていませんからね。米メディアが<韓国系米国人団体>にこう<影響>されたという証拠が挙げられていませんからね
  証拠を挙げるかわりに、この記事では<議会前では、韓国系米国人ら約400人が抗議集会を開いた>というもう一つの事実が告げられています。しかしながら、この<抗議集会>は一方の事実ではあっても、<米メディア>が<韓国系米国人団体>に<影響>された証拠にはなっていません。この記事には<韓国系米国人団体>が自らの希望や要望を記事に反映させるように<米メディア>に圧力をかけたというような事実はまるで示されていないのです。
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  覚えていますか?【第338回 ティーム力と髪の長さとの関係?】(http://d.hatena.ne.jp/kugen/20150223/1424668662)を?
  こんな例を紹介していました。
  <次のようなリポート(記事)を読んだら、それをどう解釈しますか?> <*シーズン75に圧倒的な力を示して優勝したのはDe La Salle University(DLSU)だった。プレイヤーたちは、一人の例外もなく、短髪だった(ポニーテイルはもちろんのこと、ピグテイルにしている選手さえいなかった)> <*シーズン76のDLSUは、予想に反して決勝戦でADMUに大逆転され、準優勝に終わった。そのプレイヤーたちの中には、肩まで届くほどではなかったが、髪をいくらか伸ばしかけた(ピグテイルの)者が数人含まれていた> <*DLSUは今シーズン、リーグ戦を2位で終わり、勝ち上がりトーナメントではADMUをひどく不利な立場から追いかけることになっている。このティームには、髪をポニーテイルあるいはビグテイルにしているプレイヤーが少なくとも4人はいる>
  ここには、De La Salle University(DLSU)の女子ヴァレイボールのプレイヤーたちの髪の長さと、各シーズンの成績が、それぞれに事実として、並べてリポートされているだけなのですが、明らかに、読む者に「一部のプレイヤーたちが髪を伸ばし始めたからDLSUはティーム力を落としたのではないか」と思わせるように書かれています。
  両者のあいだの関連性については何の証拠も根拠も挙げられていないのに。
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  今井隆記者の上の記事もまた、DLSUのリポート記事例と同様に、二つの事実を並べて、あたかも<米メディア>が<韓国系米国人団体>に<影響>されているかのような印象を与えようとしています。
  <韓国系米国人団体が首相に「公式謝罪」を盛んに要求していることが影響しているとみられる>という自分の“観測”には<議会前では、韓国系米国人ら約400人が抗議集会を開いた。参加者は「安倍首相は公式謝罪を」「慰安婦のために正義を」「悔悟は謝罪と違う」などと書かれたプラカードを持ち、首相の演説が始まるとシュプレヒコールを上げた>という具合に“根拠”があるのだ、というふうに。<韓国系米国人ら約400人>の<抗議集会>がその“証拠”である、というふうに。
  しかし、そんな<抗議集会>は<米メディア>が<影響>された証拠ではまったくありませんよね。そもそも、日本の<首相>への<抗議>が<米メディア>の記事の書き方を変える?そんなことがありえると考える大新聞の記者?
  おかしいでしょう?
  今井記者がここで取った手法はほとんど詐欺師のものです。自分が主張したいことに偽りの信憑性を加えようという卑劣な手法です。
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  今井記者が抱えているさらに大きな問題は、<韓国系米国人団体が首相に「公式謝罪」を盛んに要求していることが影響しているとみられる>と書いたときに、実は、今井記者は「だれかが第三者(ここでは安倍首相)に要求していることに米メディアは“影響”されているに違いない」と思い込んでいたというところにあります。
  「語るに落ちる」という言葉がありますね。その意味は「現代国語例解辞典」(小学館)によると「問い詰められると用心してなかなか白状しないのに、勝手にしゃべらせると、うっかり本当のことを白状してしまうものである」というものです。
  今井記者はこの記事を客観的なものにしておけばよかったのに、記事には求められていないことに「勝手に」言及し、<影響しているとみられる>などと自分の“観測”=日ごろ抱いている本心=偏見を「うっかり」と「白状」してしまったのです。
  しかも、今井記者の「うっかり」には、そうなった理由があると受け取るべきでしょう。
  つまり、今井記者がそこで記事を書いている読売新聞社では、だれかに<影響>されて記事を書き上げることが普通になっているはずだ、ということです。だから<米メディア>も簡単にだれかに<影響>されるに違いない、と今井記者は考えたのでしょう。
  読売新聞はそれ自体が、客観性に基づくよりはだれかの<影響>を受けて、その“だれか”の利益になるように記事を書くことを社是とする新聞だから、<米メディア>も<韓国系米国人団体>に<影響>されているはずだ、と今井記者は信じてしまっていたのでしょう。
  つけ加えるまでもないことですが、読売新聞の“だれか”というのは自民党政権や財界などということになります。
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  人というのは大方のところでは「自分が理解できるようにしか理解しない」「自分に備わっている器の形状・大小に合わせてしか物が考えられない」ものだということが上の今井記者の記事からもよく分かりますよね。
  「ニューヨーク・タイムズ紙」や「ワシントン・ポスト紙」がそれぞれに自社の報道倫理基準に基づいて、他者、特に権力からの圧力を排除しながら、世界で最も信頼される新聞社の一つとしてその名声を維持してきたということが、今井記者と、この紛い物記事を掲載した読売新聞にはまるで理解できていない、ということです。
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  客観性と事実を最重要視して新聞づくりをつづけている(と見られる)「ニューヨーク・タイムズ」や「ワシントン・ポスト」と、だれかを利するために発行されている「読売新聞」とでは、報道にかける覚悟や誠実さに雲泥の差があるということですね。
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  【第57回 [読売]の論説部は自民党なみに衰弱している】(2007/09/-- http://d.hatena.ne.jp/a20e2010/20110723/1311378126
  【第59回  読売社説のいいかげんさには、つくづくうんざりさせられます】(2007/09/21 http://d.hatena.ne.jp/kugen/20081109/1226208375
  【第69回  社説で“悪あがき”・読売新聞 】(2007/12/27 http://d.hatena.ne.jp/kugen/20081107/1226037913
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