第332回 LA TIMES、NY TIMES の英語

  今回も英語に関する話です。
  振り返ってみると、わたしのいまの(一般的にはどの程度のレヴェルのものであるかについては、実は自分でもあまり分かってはいない)英語力の基礎を築くのに最も役立ったのは、やはり、新聞 LOS ANGELES TIMES だったと思います。何しろ、1987年の夏から2006年の春まで、ほぼ毎日、この新聞に掲載された記事や論説の中から、少なくともいくつかを読みつづけたのですからね。
  さて、そのぐらい長いあいだ読みつづけた経験から言いますと、LOS ANGELES TIMES の、記事や論説のほとんどは、極めて質が高い英語で論理的に記されていました。LOS ANGELES TIMES の記事や論説をわたしが信頼した大きな理由はそこにあります。
  加えて、わたしが知る限りでは、アメリカの新聞の記事にはすべて、日本の多くのものとは異なり、記者、書き手の名が付されれています。そのことが、“できるだけ”という限定つきではあるにしろ、低質で無責任な記事や論説を新聞から排除する機能を果たしています。記者や論説員が自分の名誉(と将来の昇進)をかけて、自分に可能な最高の質の記事を書こうとするからです。LOS ANGELES TIMES も当然のことながら、そんな新聞の一つでした。
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  もっとも…。わたしは LOS ANGELES TIMES の長期購読者ではありましたが、“信頼できる”という点では、ときどき目を通すことがあった NEW YORK TIMES の方がいくらか勝っていたかもしれないと思っています。つまり、“信頼度”を計るための重要な尺度であるとわたしが信じる“論理性”と“英語の質”という点では NEW YORK TIMES の方に軍配が上がるようだと感じていた、ということです。
  ただ、どちらがどうであれ、わたしはこの二つの新聞から共通して一つの重要なことを学んでいます。「悪質の英語で非論理的に書かれた記事や論説にはちゃんとした“筋”が通っているはずはない」ということです。いえ、もっと言えば、英語そのものの質が悪く、論理にひずみがある記事や論説は、まず間違いなく、“まがい物”です。疑ってかかるべき対象です。
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  日本の報道機関が使う日本語の質にわたしが長年にわたって苦言を呈しつづけている理由もそこにあります。良質の日本語というのは、より“筋”が通った記事や論説を書くための必須条件なのです。                             *     *
  そこで今回は THE EDITORIAL BOARD の名で書かれた NEW YORK TIMES の論説をちょっと読んでみましょう。
  【Whitewashing History in Japan】 by THE EDITORIAL BOARD DEC. 3, 2014 (http://www.nytimes.com/2014/12/04/opinion/whitewashing-history-in-japan.html?_r=0
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  Right-wing political forces in Japan, encouraged by the government of Prime Minister Shinzo Abe, are waging a campaign of intimidation to deny the disgraceful chapter in World War II when the Japanese military forced thousands of women to serve in wartime brothels.
  「日本軍部が数千人の女性を戦時売春施設で無理に働かせたという第二次大戦中の恥ずべき一章(の受け入れ)を拒否するための威嚇キャンペインを、安倍晋三政権に勇気づけられて、日本の政治的右派勢力が行っている」
  外交上の、あるいは表向きの発言の裏で安倍首相が、たとえば靖国神社参拝に関する判断や行動において「第二次大戦中の恥ずべき一章(の受け入れ)を拒否」しようとしていることは衆知の事実ですから、日本の右翼がそのことに「 ENCOURAGED=勇気づけられて」いるという解釈に誤りはありません。
  「FORCED=強制して〜させる」も「SERVE=〜のために働く」にかかっているだけで、“連行”の有無に触れているわけではありませんから、「強制“連行”」を否定する者も、この語が使用されていることに反論することはできませんよね。たとえば、いつでも故郷に戻る自由が“慰安婦”たちにはあった、と言い切れる者はいないのですからね。
  このパラグラフも、いつもどおりに、すっきりと書かれています。
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  Many mainstream Japanese scholars and most non-Japanese researchers have established as historical fact that the program allowed Japanese soldiers to sexually abuse women across the Asian warfront - based on widespread testimony from the “comfort women.”
  「そのプログラム(戦時“慰安婦”制度)によって、女性を性的に悪用する(辱める)ことがアジアの戦線全体で日本兵に許されていたということを、“慰安婦”たちの広範な証言を基に、主流の日本人学者の多くと日本人以外の研究者のほとんどが歴史事実として確立してきている」
  「主流の日本人学者の多くと日本人以外の研究者のほとんどが歴史事実として確立してきている」と、証拠を挙げずに断言しているのは、求められればいくらでもその証拠を提出することができるからです。
  ここで述べられていることにも歪みはありません。…まして、意図的な歪曲は。
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  ですから、次のパラグラフに The Abe government is playing with fire in pandering those demanding a whitewash of wartime history. 「戦時中の歴史をごまかすよう要求する者たちの手助けをすることで安倍政権は火遊びをしている」と書かれていることも素直に受け入れることができます。
  ちなみに、「PANDERING」の PANDER には、名詞としては「売春の仲介者」、動詞としては「悪事の手助けをする」という意味があるそうです(旺文社「英和中辞典」)。
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  もうこのぐらいでいいでしょうね。
  NEW YORK TIMES のこの論説も、格別に質が高い英語で、とは言えないにしても、実にすっきりした英語で書かれています。言葉数も、多すぎず、少なすぎず、というところですし、論旨にも“筋”が通っています。
  ここには思い込みも強弁、歪曲もありません(悪い方の見本を見てみたい人は、たとえば【第284回 その「日系(人)住民」というのはだれのこと?】2013-07-30 http://d.hatena.ne.jp/kugen/20130730/1375138136 を再読してください)。
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  LOS ANGELES TIMES も NEW YORK TIMES とは大差がない、良質の新聞でした。
  丁寧に書かれた記事や論説を長期間にわたって読むことで、そうとは特に意識しないままではありましたが、わたしは自分の英語の基礎を固めたわけですね。
  しかも、その経験からわたしは同時に、自分の日本語をどう書くべきかも十分に学ぶことができたのです。
  「できるだけ良質の日本語で、できるだけ論理的に書く」「“筋”が通ったことを書く」
  自分自身が“筋”を通した考えができる人間でなければ、だれが“筋”が通った発言をしているか、だれが“筋”が通らない話をしているか、を見極めることができませんからね。
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  毎日新聞の社説がこんな逸話を紹介していました。
  <ウォーターゲート事件ニクソン米大統領を辞任に追い込んだ記者を支え、10月に亡くなった米ワシントン・ポスト紙の元編集主幹、ベンジャミン・ブラドリー氏は「政権と政府はうそをつくものだ」という言葉を残している>【秘密保護法施行 息苦しい社会にするな】 2014年12月10日 (http://mainichi.jp/opinion/news/20141210k0000m070141000c.html
  単に権力を保持するためにつかれる政権・政府の「うそ」には、必ず歪みがあります。“筋”が通っていません。政権・政府の「うそ」を見破るためには、自分自身が(できるだけ)“筋”を通す人間でなければなりません。…そう思います。
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  ところで、ここでの論趣とは直接には関係がないことですが…。
  わたしの英語には、幼少時から英語環境の中で過ごしてきたのではない故の大きな“欠点”があります。通常の生活の中で当然学んできているはずの語彙がかなり乏しいものにとどまっているのです。三十歳代の半ばになって本気で英語を学び始めた者には手の打ちようがないことなのでしょうが…。
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  〔参考記事:いつもどおりの捏造体質〕【産経新聞、記事を取り消し 江川紹子氏の承諾得ず掲載】 朝日新聞
 2014年12月9日(http://www.asahi.com/articles/ASGD87FBKGD8UTIL052.html
  <産経新聞社は8日、朝日新聞社の新体制発足を報じた記事に載せたジャーナリストの江川紹子さんの談話について、「(事前に)取材した内容に、その後の江川氏のツイッターの内容を反映させ、江川氏の承諾を得ずに作成した」と説明したうえで、記事を取り消しておわびすることを明らかにした>
  〔参考記事:悪質の発言は悪質の頭脳から生じる〕【麻生財務相:「産まない…は預ける所ない」…と釈明】 毎日新聞 2014年12月08日 (http://mainichi.jp/select/news/20141209k0000m010088000c.html
  <麻生太郎財務相は8日、少子高齢化について「子どもを産まない方が問題」とした7日の発言について「働く時に子どもを預ける、保育をしてくれる所がない。そういった理由により結果的に産まないこと(構造)が問題(との趣旨だった)」と釈明した>
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