第151回 制度や決まりの不備を悪用して…

  メトロマニラ随一の幹線道路といえば、エピファニオ・デロス・サントス・アヴェニュー(通称EDSA)。その西の端は、いまは<SM モール オヴ エイジア>の大きなビルが建つマニラ湾の埋立地で終わっています。
  この辺りではほぼ東西に走っているEDSAを使って、わたしが住むマカティ市からメトロマニラの南部やカヴィーテ州などに行く際には、このモールの前でプレジデント・デスモンド・マカパガル・ブールヴァード(PDMB)を左折して南へ向かうことになります。この道路はやがてマニラ−カヴィーテ・コースタル・ロードと名を変えます。
  さて、マカティの方から初めてこのルートを使うドゥライヴァーは、ロハス・ブールヴァードの高架の下を西に向けてくぐると、その先数百メイターでPDMBを左折しなければなりません。ですから、自然に、車を左(中央)車線に寄せることになります(フィリピンでは自動車は右側通行)。
  ところが、ここに大きな罠があるのです。

  ロハス・ブールヴァードとPDMBのあいだの中央分離帯に、Uターン専用車線が設けられているのです。南に行きたい(東に戻りたくない)ドゥライヴァーは、当然なことに、車を右側に移動させ、直進を妨げるために並べてある大きなブロックを迂回して、PDMBに向かいます。
  そこに登場するのが交通警官隊。
  ブロックがあるために、Uターンする場所のすぐ西側の中央車線には車が一台も走っていません。白バイから降りて、そこにたむろしている警官たちは、その空間に、車線変更をした車を寄せさせます。交通の流れが悪くなることを心配することなく“違反”ドゥライヴァーたちと話ができるわけです。
  警官はまず「あなたの急な車線変更は危険運転に当たる」などと宣言して違反ティケットを切ろうとします。メトロマニラでは、この程度の車線変更はどこででも、だれもが、日常的にやっていることですから、ドゥライヴァーは抗議しますが、他の警官がやって来て「あれは実に危険な車線変更だった」などと口を合わせます。
  やがて、警官の中の一人が「この違反は(法に則って処理すれば)XXXペソの罰金に当たる(し、当局に支払いに行って時間も使わなければならない)」などと言い出します。<それよりはいくらか安い額で手を打ってやるから、どうだ?>というわけです。
  自分は美人だと信じているわたしの友人の、ある女性は「にっこり笑ってゴメンナサイと言ったら、見逃してくれた!」と自慢していましたが、まあ、それ以上に面倒なことを避けたい(美人でも美男でもない)大方の“違反者”は、少し交渉をしたあとで“罰金”(実は不正な“袖の下”)を払ってしまうのではないかと思います。
  このUターン専用車線があることを前もって知らせる標識を、わたしは見たことがありません。仮にどこかに標識があっても、この辺りは、バクラランのバスやジプニーのターミナルのすぐ側で、常に交通が大混雑しているところですから、土地勘のないドゥライヴァーがその標識に気づく可能性は非常に小さいでしょう。

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  交通警官たちによる、このような“小遣い稼ぎ”(暴走)を成り立たせているのは−−
  第一には、その程度のことはどこででも、だれもが、日常的にやっていることなのに、急に“犯罪”“違反”として摘発する  
  第二には、規則やシステムがそういう状態になっていることを運転者たちにあまり知らせておかない(説明責任を果たさないでおく)
  −−という手口です。
  この手口を使えば、警官たちは、彼らの思いのままに、いくらでも、“違反者”を挙げることができるはずです。

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  わたしが住んでいるコンドミニアムのそばに六叉路があります。
  そのうち、パーソング・タモ(PT)はほぼ南北に、両方向通行道路として、ヴィト・クルス・エクステンション(VCE)は東西に、西向き一方通行道路として、走っています。
  このVCEの北向き二車線のうちの中央側の路上に、以前は<左折(西行き)可>を意味する白色のペイント矢印がありました。これを信じて左折する車も、当然ながら、少なくはありませんでした。ところが、そのドゥライヴァーたちがよく<左折違反>で捕まっていたのです。
  捕まえた警官は<ペイントは公式の標識ではない。守らなければならないのは、交差点の一角に掲げてある、あの四角の“左折禁止”の公式標識だ>というようなことを告げて、反則ティケットを切るか、“袖の下”を受け取るかしていたはずです。

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  警官が意のままに“違反者”を挙げるのには、何が違反であるかを紛らわしくしておく−という第三の手口もあるわけですね。
  警官が<それは違反だ>と告げる事例が、要するに、違反だ−ということです。

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  政治資金規正法違反を摘発する検察特捜部の手口を思い出しませんか?

  Uターンゾーンをそんな形で設けたのも、矢印を道路に描い(たあと、長く放置してい)たのも、交通警官ではありません。
  政治資金規正法を制定したのは国会で、検察特捜部ではありません。
  しかし、制度・システム・仕組みなどに不備があると、それを悪用して自らを利そうという輩が必ず出てくるもののようですね。