第9回 <シアーズ>はなかった  (再掲載)

  「カタカナ英語は厄介です」という話です



  カリフォルニアに来てからまだほんの数か月しか経っていない1979年の暮れのことです。わたしはリヴァーサイド市内にあるデパートメント・ストアー<シアーズ>に行こうとしていました。ところが、「この辺りにあるはずだ」と思っていた所にはそのデパートがありません。
  そこで、通りすがりの男性に(意を決して)尋ねることにしました。

  「あのー、わたし、<シアーズ>を探しているのですが…」
  「何だって?」
  「<シアーズ>です」
  「何を言っているのか分からないよ」
  「あのー、デパートメント・ストアーの…」
  「ああ、<スィアーズ>のこと?!」

  その男性は親切に教えてくれましたが、わたしは(二重、三重の)羞恥心に包まれ、すっかり打ちしおれてしまっていました。

  <Sears>の名をカタカナで<シアーズ>と覚えこんでいたたうえに、「いざ、アメリカ人にじかに尋ねるのだ」という緊張感に負けてなのでしょう、<Sears>の<シ>を日本語のまま<shi>と発音してしまっていたのです。
  これでは相手に通じるわけがありません。
  「もとのカタカナ表記が<スィアーズ>とでもなっていたならあんな間違いはせずにすんだろうに」と、あとで何度も思ったものです。

  カタカナ英語に関しては(実は)ほんの数年前にもアブナイ思いをしたことがあります。
  7月5日、前日の独立記念日に米国内のいたるところで催された(さまざまな規模の)花火大会のことを(メキシコ系アメリカ人の)友人と話していました。
  わたしが「僕の家の<ベランダ>からは見えなかったけども、北向きの窓からは1マイルほど先の花火が見えたよ」と言おうとしたときです。わたしの頭に<ベランダ>という単語が突然、どういうわけか、日本語(カタカナ)で浮かび上がってしまったのです。
  英語の単語をいったんカタカナで思いついてしまったために…。
  わたしはたちまち「あれ、<ベランダ>の<べ>はたしか<ヴェ>だったよね?<ラ>は<ra>だったけ<la>だったっけ?」などという混乱に襲われてしまいました。<veranda(h)>というつづりがすぐには思い出せなかったのです。
  わたしは<ベランダ>の部分を省略して話してその場をやり過ごしましたが、胸の中では「アブナイ、アブナイ!」とつぶやかずにはいられませんでした。

  そのときも、「日本でせめて<ベランダ>が<ヴェランダ>と普通に表記されていたら、あんな窮地には立たずにすんでいたろうに」と思ったものです。

  こちらで放送されているテレビ(ヴィ)のコマーシャルで毎日のように「栗原はるみの…レシピ」という言葉を聞きます。この<レシピ>は<recipe>のことですが、コマーシャルでは<le-shi-pi>というぐあいに発音されています。これも、このままでは英語としては―たぶん<シアーズ>以上に―通用しないはずです。
  <レスィピー>という表記が普及していれば、通用する可能性がいくらかは大きくなるですが…。

  もっとも、<レシピー>の<シ>を<スィ>に変えたあとでも、まだ<レ>が<re>だったか<le>だったかという―日本人には重大な―問題が残っています。「いくらかは大きくなる」と言ったのはそのためです。
  同様に、<ベランダ>を<ヴェランダ>と表記しても、その<ラ>が<ra>か<la>かということは、カタカナからは分かりません。

  いやいや、英語を話そうというとき、カタカナ英語は実にヤッカイな存在です。日本人の頭の中に定着していればいるだけ、キケン度が増します。
  これから英会話を学ぼう、もう少し磨こうというご同輩。ご用心を!

  そこで…。
  近いうちに(学者も、新聞社も、出版社も、つまりは誰も気にとめないでしょうから、選ばれた<ステアク>の“視聴者”の皆さんだけを対象に)そのカタカナ英語の表記法について新しい提案をするつもりでいます。
  カタカナの一部に手を加えて、たとえば、<re>と<le>の違いを表わすようにしようというものです。単語を最初にカタカナで思い出しても、できるだけ英語に近い発音ができるようになれば、と願ってのことです。
  少しでも英語に興味がある方は「お楽しみに!」

  そうそう、このエッセイの冒頭の<カリフォルニア>も<キャリフォーニア>と変えて表記するようにした方が英語の音に近くなりますね。…機会があったら試してみてください。