第387回 ”I GOT IT" と "YOU GOT IT"

  まず「ウィキペディア」でヴィン・スカリー氏について予備知識を得てください。

 

Vin Scully

From Wikipedia, the free encyclopedia
Vin Scully
VinScully0308.jpg
Scully in March 2008
Broadcaster
Born: November 29, 1927 (age 91)
The Bronx, New York City
Teams
As broadcaster
Career highlights and awards

Vincent Edward Scully (born November 29, 1927) is an American retired sportscaster. Scully is best known for his 67 seasons calling games for Major League Baseball's Los Angeles Dodgers, beginning in 1950 (when the franchise was located in Brooklyn) and ending in 2016. His run constitutes the longest tenure of any broadcaster with a single team in professional sports history, and he is second only to Tommy Lasorda (by two years) in terms of number of years associated with the Dodgers organization in any capacity. He retired at age 88 in 2016, ending his record-breaking run as their play-by-play announcer.

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  実際に球場でであろうと、テレヴィでであろうと、野球の試合を見ていると、外野と内野とを問わず、守っている数人の野手の中間に打球が上がり、その落下地点に向かって複数の野手が猛ダッシュし、ぶつかりそうになる場面に出合うことがありますね。

  いや、選手同士が衝突してしまい、落球することもたまに見られます。

  選手たちは互いに声を掛け合わないのでしょうか?

  そんなことはありません。テレヴィを見ていると、メジャーリーグでなら、打球の落下地点により早く達しそうな選手が "I GOT IT! I GOT IT!" と叫びながらその地点に走り寄ります。衝突することがあるのは、複数の野手がそれぞれに「俺の方が捕球しやすい位置にすでにあるはずだ」と考えて突進してしまうからでしょう。

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  1990年代の前半のある日。

  ロサンジェルスドジャースの試合の中継アナウンスをヴィン・スカリー氏がやっていたときにも、そんな場面がありました。

  実際に衝突したかどうかの記憶はありませんが、スカリー氏がそのときにこんなコメントを加えたことはいまでもよく覚えています。

  日本語にすれば、スカリー氏は「野手が こんな場面で "I GOT IT!" というのは、打球を追っている最中でまだ捕球していないのだから(過去形を使うのは)文法的には正しくない」と冗談っぽく言ったのです。

  なるほどそうだ、とその瞬間には同意したのですがーー

  まあ、現実には、野手たちは「ボールはもう俺が捕球した」と言っているわけではありませんよね。そうではなくて、他の野手に向かって "I GOT IT!" で「俺が捕球できる状態にある。俺にまかせろ」あるいは「もう俺が捕球したも同然だ」というふうに叫んでいるわけですね。

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   英文の小説などを読んでいる際に、この "I GOT IT" が "YOU GOT IT" とほとんど同様の状況下、事実上同じ意味で使われていることに気づくことがあります。

  例えば、ある人物Aが他のBに何かを依頼したり命令したりする場面を想定してください。

  依頼されるか命令されるかしたBは、その内容を納得していれば "I GOT IT" とも "YOU GOT IT" ともAに返事することがあるのです。意味・内容としては、実質的に両者は同じことを伝える言葉だ、として。

  それでも、ここでの "I" と "YOU" には何らかニュアンスの違いがあるのでは?

  さて、その違いを日本語訳で示すとなるとー

  "I GOT IT" は "I" が主語ですから、<Aさんのその依頼・命令の内容を(わたしは)よく理解できました><分かりました>などというところでしょうか。

  この"GOT" は過去を示していますね。

  一方、"YOU GOT IT" は、 "YOU" を生かして<Aさん、(あなたが)心配されることは(もう)ありません><(あなたはわたしに)任せておいてください><ええ、あなたの言った通りにします>などでいいかもしれませんね。

  つまり、ここでの "GOT" は<あんたの依頼・命令はちゃんと実行されたも同然です>と言っているようです。野球での"I GOT IT" 「捕球したも同然」に似ていますね。

  ですから、この "YOU GOT IT" の "GOT" についても、スカリー氏ならば「まだ実行されてはいないのだから(過去形を使うのは)文法的には正しくない」というジョークを口にするかもしれませんね。

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  それでは、一つの打球を複数の野手が追っている状況で "YOU GOT IT" と言えばどういうことに?

  野球では、 "YOU GOT IT!" は、依頼・命令などの場合とは違って "I GOT IT!" と同じ意味にはならずに、逆に<君が捕球できる位置にいる(も同然だ)><(だから)君が捕球しろ><君に任せた>という意思をまっすぐに伝えていることになります。

  もちろん、ここでも過去のことを言っているわけではないので、 "GOT" の使用は、文法的には正しい言い方ではありません。その点では野球での "I GOT IT" と同じですよね。

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  文法的には正しくないのに何の疑いもなく、重宝され、普通に使用される言葉。

   いやいや、言葉は変幻自在の生き物だ、ということなのでしょうね。