第322回 ユタ州  “ノー アルコール” ステイト

          
  兄から預かっていたCDの中にこんな写真がありました。2006年の4月24日の夕ぐれどきに撮ったものです。
  さて、この写真はいったい何を写したものでしょう?
  いえいえ、これは、実のところをいえば、そういう問いかけが似合うような格別な写真ではありません。見たとおりの、コンヴィニエンス・ストアーが併設された、ただのガス・ステイションでしかないのです。
  ただし、この写真をCD内に残していた兄と、その兄をこの場所に連れて行ったわたしの思い入れを別にすれば(笑い)。
  そう、二人にとっては、この場所にたどり着く前後のストーリーが、よそでは経験することがあまりないだろうと思われる類の、いささか稀なものだったのです。
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  この店は、ユタ、コロラド、ニュー・メキシコ、アリゾナの4州の州境が十字に交わる観光名所「フォー・コーナーズ」からあまり遠くない小さな町からさらに10キロメーター余り離れた街道沿いにありました。……なぜかひっそりと。
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  この夜、わたしと兄が宿を取ったのは、この写真のモーテルでした。
  その日、わたしたちは、午前中にコロラド州デンヴァーを出発し、ロッキー山脈の一部を貫いて走るインターステイト70を西に向かったあと、ルート191を南下して、「アーチズ・ナショナル・パーク」でその雄大かつ稀な景観をゆっくりと堪能していました。
          
  翌日は次の観光名所「フォー・コーナーズ」に立ち寄ってから、さらに「モニュメント・ヴァレー」に向かうつもりでしたから、この宿はこの上なく幸先がいい名を冠しているように思えたものです。「うん、きょうも、旅の流れは上々だった!」
          
   ところが……。
  「トラブルといえばトラブル」という程度ではあったのですが、とにかく、空腹感に襲われ始めていたわたしたちがちょっとした問題に直面し始めていることに気づいたのは、このモーテルに隣接されていた「ファミリー・ダイニング ステイキ・ハウス」が実はもう営業していないことが分かったときでした。
  困ったことに、宿をとったモーテルの看板には「ブレクファスト」(朝食あり)としか書いてありません。
  別のレストランを探すことにしました。その町随一、というよりは、その町唯一だと思える、ちゃんとした造りの営業中のレストランもその街道沿いにありました。
  そこで再び、ところが……。
  レストランのドアを押し開けて、兄と二人で足を数歩踏み入れてみると、そこにはなんとも言えないようなアヤシゲナ雰囲気が漂っていました。その雰囲気の中からいくつもの顔と目がわたしたちを一斉に見つめ返しました。どちらかといえば薄暗い店内だったのですが、その顔と目の持ち主はすべてが高齢者であることが分かりました。明らかに、“よそ者”の侵入を、歓迎しないというのが言いすぎならば、“よそ者”の侵入に、とまどっている表情でした。
  たしかに、その小さな町自体が、外国人が足を止めそうにはない佇まいをしていましたし、ましてその外国人が東北アジア人の男二人だったのですから、高齢者たちが、一瞬だったとはいえ、“排他的な”表情を浮かべたのも無理はなかったのかもしれません。
  レストランのドアを閉めて、逃げるように外に出たわたしたちの顔には、苦笑いが浮かんでいたはずです。「なんだか、とんでもないところに宿をとったようだな!」
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  まだ日も暮れていないのにもう閉店準備が始まりかけているようなスーパー・マーケットがありました。
  安心したことには、その一角にフライドチキンの店がありました。「よし、レストラン探しはやめにして、今夜はこれをモーテルの部屋で食べることにしよう……」
  「待て待て、フライド・チキンは、冷めてしまうとまずいから、あとでまた買いにくることにして、まずは、兄がそれなしではすませられないビールを手に入れることだ」
  ただ、「手に入れること」とは言っても、ここはモルモン教徒が州民の大多数を占めるユタ州。ビールも含めて、アルコールがどこででも買えるところではないことは、数日前に、州都ソルト・レイク・シティーの市内ででも経験していました。つまり、こんな田舎の町では買うのにいくらか難儀するだろうぐらいのことは前もって覚悟していたということです。
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  もちろん、このスーパーにもビールは置いてありませんでした。
  最初に見つけた町中の、コンヴィニと呼ぶにはちょっと無理があるような、そう、小さなマーケットの若い女性店員は「ビール」と聞くと、まるでそれが不潔な言葉ででもあったかのように、そっけなく「ありません」と応えただけでした。
  ビール好きの兄がそろそろ怯え始めているのではないかと、わたしは憂えましたが、「もう一店、当たってみよう」と空元気を振るい出すしかありません。
  二軒目のマーケットの中では数人の女性がカード・ゲイムを楽しんでいました。なにしろ、田舎の小さな町の店のことです。都会のコンヴィニ、たとえば「セヴン・イレヴン」のような店員教育はされていません。
  それでも、こちらの方の店員は前の店の若い女性よりは親切心がありました。「ここにも置いてはいないけれども、この街道を7マイル(11キロメーター余り)ほど行ったところにガス・ステイションがある。そこではビールを売っているばずだ」と教えてくれたのです。
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  はい、冒頭に掲げたのが、その「売っているはず」とされたガス・ステイションの写真です。
  わたしたちは「フォー・コーナーズ・イン」から片道10キロメーター以上も車を走らせ、やっとビールを手に入れたわけです。
  ビールなしには夜が越えられない(といってもあまり言いすぎには思えないほどにビール好きの)兄の感激はイカバカリだったでしょう!
  少なくとも、半径10キロメーター以内に一軒しかない(らしい、ちゃんと)“ビールを売っている”コンヴィニ!
  このガス・ステイションは、言葉はちょっと“過激”すぎるかもしれませんが、おそらくは、モルモン教徒にとっては“異教徒”が経営する店だったのでしょうね。この店が近くの町から離れた場所にぽつんと存在していたのには、たぶん、そんな理由があったのだと思われます。
  往復20キロメーター以上も車を走らせてやっと買うことができたビールを飲みながら、あのフライド・チキンを楽しむ!……帰途の車中での兄の頭は幸せ感に満たされていたに違いありません。
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  ここで、またまた、ところが……。
  戻ってきたあのスーパーは、今度は間違いなく、閉店直前。
  フライド・チキンのコーナーに駆けつけてみると、ホットシンクの中に残っているチキンは、なんと、ほんの数本になっていたのです。「危なかった!」
  兄とわたしはともに安堵の表情を浮かべながら顔を見合わせたはずです。「もうちょっとで、今夜は食いはぐれるところだったな」
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  つまり、上のガス・ステイションには、そこにたどり着く前後に、そんな“苦労、苦労”のストーリーがあったわけです。
  旅を評して“珍道中”ということがありますよね。2006年4月24日のあの辺りの数こまには、そんな表現が似合っていたように思います。……冒頭の写真はまさに、その記念の一枚だというわけです。
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