再掲載  第17回 こういうのは日本語でどう?

               
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  必ずしも、マニラ首都圏でのこの夏の猛暑を避けるために、というのではありませんが、日本に帰省しているところです。ですから、今回は、ちょっと怠けて、初期のエッセイの中の一本を再掲載してすませます(ただし、オリジナルにはなかった写真を一枚挿入しています)。
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  だれかと話していて、ふと、<いまのような会話は日本語ではどういうふうに展開するのだろう?>と思うことがあります。
  <いまのを“翻訳”すると、どういう日本語になるのだろう?>と言い換えてもかまいません。
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  数週間前のことです。
  わたしはいつものゴルフ場で、ジムとダンの二人とプレイを楽しんでいました。
  この二人は週に4〜5回は一緒にラウンドする(ともに、すでにリタイアーして、このゴルフ場を取り囲むように築かれているシニアー・コミュニティーに住んでいる)友人同士ですが、わたしが一人のときは、ありがたいことに、いつも喜んでわたしを受け入れてくれます。
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     Landmark Hemet Golf Couse No.11 TEE
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  その会話があったのは(パー4、365ヤード)11番ホールのグリーン上です。
  ダンの二打目はグリーン手前数ヤードのところで止まっていました。カップは左の奥、ダンのボールの位置からは20ヤードほど離れていました。
  そこでダンが手にしたのは、彼が過去数週間、試しに使っていた<チッパー>でした。グリーンの外からボールを転がして、カップ近くに寄せようという作戦です。
  グリーンの傾斜、アンデュレイションのために、ダンのショットは簡単ではないと見えていましたが、彼はそれを見事にピン傍につけ、次打で問題なくカップインさせ、パーでこのホールを上がりました。
  「ナイス・パー」。自分も顔をほころばせながら、ジムが祝福しました。
  機嫌がいいときによくそうするように、エルヴィス・プレスリーの口調を真似てダンが言いました。「サンキュー・ヴェリー・マッチ!」
  その直後のことです。そのチッパーをなでるような仕種で、ダンが
  Here, I used this chipper for the first time today. 
  と言ったのは。
  <ここで初めて使ったにもかかわらず、うまくいって満足している>というようなことをジムに伝えたかったわけです。
  ダンが前にもそのクラブを使っていたことを覚えていたわたしは<あまりうまくいかなかったからか、ダンは前のことは忘れているのだな>と思っただけで、別に気にもとめず、自分のゴルフカートに向かいかけました。
  しかし、わたしと異なって、ジムは<些細なことであれ、間違いは正しておく方がいい>と考えたようです。こう反応しました。
  No. That's not the first time. 
  記憶違いを指摘されたダンは一瞬、むっとしたようですが、そこは仲の良いゴルフ友達同士です。
  Oh, year?  
  とつぶやいただけで微笑んでいました。
  ところが、どういうわけか、ジムはもう一歩突っ込みました。
  You had used that club a couple of times. 
  <憮然>というほどではなかったものの、ダンはちょっとしぶい表情をしていました。
  このような<行き違い>の会話を二人がするところを前に見た記憶がなかったわたしは<中に割って入る>ことにしました。
  OK, Don, as a matter of fact, you used that chipper here for the first time...... successfully!!.
  <初めて使った>という言い分が、言葉のアヤとしてだけとはいえ、いちおう聞き入れられた形になったからでしょう、ダンはふたたび笑顔を浮かべて言いました。
  That's right, Andy!
  わたしの発言で、事実上、自分の言い分が完全に認められたジムも笑っていました。
  三人がカートに戻ったときにはもう、ダンとジムのあいだにあったぎくしゃくした感じはすっかり消えていました。
  次のホールのティーボックスにゴルフカートで向かっている短いあいだに、わたしはふと思いました。<いまのような会話は日本語ではどうなるのだろう?>
  いえ、会話のダンとジムの部分には特に問題はありません。たとえば
  「このチッパーは、きょう、ここで初めて使ったんだよ」
  「初めてじゃないよ」
  「え、ほんと?」
  「前に二度ほど使っていたよ」
  という訳でいいでしょう。
  <どう翻訳したら、あのときの雰囲気がよく伝わるだろう?>と思ったのは、ほかならない、わたし自身の言葉でした。
  特に扱いが難しそうだとわたしが感じたのは、そこで、いわば<キーワード>となっていた<successfully>でした。
  たとえば
  「分かったよ、ダン、実際、あんたはあのチッパーをここで初めて使ったよ。…うまくね」
  では、ただの直訳で、日本語としてはかなり貧相だし、英語にあった“妙”が感じられません。そう言われてダンが心を和ませて微笑むこともなさそうです。
  日本語のなめらかさにこだわれば
  「分かったよ、ダン。あのチッパーを使ってうまくいったのはここでが初めて、ということにしておくのはどう?」
  というのが、意味合いを重視した(ダンにもジムにも笑えそうな、比較的に)良い訳だと思えますが、それでも、英語では(しばらく間があったあと)最後につけ加えられていた<successfully>が持っていた(と思える)インパクトやユーモアが感じられません。
  だったら、英語と日本語の文では、ある特定の単語を置く位置が異なるのだから、その効果のほども当然違ってくる、と簡単にあきめないで、問題の<successfully>の訳語を原文の位置にできるだけ近づけて
  「そうだね、ダン。あのチッパーは、きょう、ここで初めて使ったんだよね。…うまく使ったのは、ということだけど」
  というのはどうでしょう?
  <うまくいった>があとの方に来ていて、それなりの効果を上げているし、これならダンもジムも微笑みそうで、悪い訳ではないようですが、一方で、ここまで原文から離れて訳していいものかという思いがしないでもありません。
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  <日本語で発想しているあいだはいい(本当の)英語が話せない>と聞かせられたことがあります。
  日本語と英語はもともと異なる二つの言語なのですから<翻訳>にはやはり<これ以上は無理>という限界がどこかにあるのでしょうね。
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