第268回 「ちょっとアゴで」激動する経済

  経済はいったいどうなっているのでしょう?
  質の高い物を安く生産すればそれが世界中で売れる、という時代ではとうになくなっているようです。
  一番の問題は“安く”というところにあります。それが、産業界の努力によってではく、むしろ、外国為替相場の変動しだいで、実現できたりできなかったりするからです。
  異常な通貨高のために輸出不振に陥れば、もともとあった質の高い物を作り出す産業の活力も、やがて失われてしまいかねません。
  産業が支える資本主義は過去のもので、いまは、世界に有り余ったカネが金融を通じて経済全体を動かす資本主義の時代だということなのですね。
               *
  【麻生財務相「ちょっとアゴで…スルスルと円安・株高」】 (朝日新聞 2013年2月14日)
  <「おれたちはまだ何もしていない。ちょっとアゴでするだけで株価は2割強上がり、為替もスルスルと円安になった」。麻生太郎財務相(副総理)は14日の麻生派の会合で、自らのアゴを突き出しながら日本政府による「円安誘導」との指摘を打ち消した>
  麻生財務大臣の上の発言は、日本政府の無責任な経済財政の運営ぶりを実によく反映しているとも言えるのでしょうが、経済の好不況も外国為替相場の上下も、実は、産業経済の実態とはかけ離れたところで動いていることをよく示してもいるようです。
               *
  たとえば、韓国は、その総人口が5千万人余りと、日本の半分以下で、内需容量に限界がありますので、強力な貿易立国政策を採ることで産業経済力を引き上げてきましたよね。主に自動車とITの二つの産業に全体を先導させる形で…。
  【世界のテレビの4割が韓国製…1位サムスン26%、2位LG15%】(2013年02月15日 中央日報日本語版])
  <世界テレビ市場の成長の勢いは弱まったが、韓国産製品はむしろシェアを高めている。 昨年1−9月基準で、サムスンは世界テレビ市場の26.4%を占めて1位となった。 LGは14.6%で2位を守った。 昨年世界で販売された薄型テレビの10台に4台が韓国産の製品ということだ>
  ところが、昨年12月に日本に安倍政権が誕生することで始まった急速な円安で、今年に入ってからの韓国経済は多くの分野で青息吐息という状態になっているようです。韓国経済の絶好調は、韓国政府・国民が強く信じたがっていたものとは異なって、自動車・IT産業が産み出している各種製品の質が他国のものを圧倒していたからでは、必ずしも、なかったのですね。その産業経済力を反映しない極度なウォン安が輸出拡大の主要な動力になっていたのですね。
  <すでに円安は全方向で韓国経済に悪影響を及ぼしている。経済予測機関は円が1ドル=100円に迫れば韓国の輸出は6%減少すると警告する>と書いているのも中央日報(【社説】円安ウォン高に非常対策が必要だ=韓国 2013年02月14日)です。
               *
  為替相場の変動が世界の産業経済地図を塗り替える!
  一国の政府が「ちょっとアゴでするだけで」大規模投機・思惑のカネが反応して世界経済を揺さぶる!
  「おれたちはまだ何もしていない」のに一国の経済収支が大きく変動する!
               *
  金融が引き回す資本主義の時代。
  自国通貨の意図的な切り下げで経済危機から脱却しようという誘惑に世界の先進諸国が常にさらされている時代。
  なのに、安倍政権の「まだ何もしていない」経済運営の手法が通貨切り下げ競争への誘い水となり、やがては世界経済を大混乱に落とし入れるのではないか、という恐れが上の麻生財務大臣発言には感じられません。そんなことでいいのでしょうか?
               *
  <【モスクワ=山本貴徳】主要20か国・地域(G20)財務相中央銀行総裁会議は16日、モスクワで2日目の討議を行い、同日夕(日本時間同日夜)に共同声明を発表して閉幕した><輸出に追い風となるよう自国通貨の為替レートを安く誘導する「通貨安競争」を避けることや、中央銀行の金融緩和も通貨安を目的とはしないことで一致し、声明では為替レートを巡る政策競争に幾重にもクギを刺した> (【「通貨安競争」回避の共同声明発表…G20閉幕】(2013年2月17日01時41分 読売新聞)
               *
  毎日新聞は2月17日の社説【G20金融会議 本質曇らせた円安論争】の中でこう言っています。
  <極端な金融緩和は実体経済の外でゆがみを生む危険がある。物価は安定していても証券や不動産のバブルを招いたり、原油穀物などの先物価格をつり上げたりする。また、金融緩和を積極推進すれば、結果的にその国の通貨は安くなろう。先安感のある通貨を安価で借り、高リターンが見込まれる新興国などで運用する投機を加速させる恐れもある><だが、ゆがみはいつか限界に達し、その衝撃は長期にわたって世界経済を痛めつける。まさにリーマン・ショックで露呈したことだ> 
               *
  このところの急激で極端な円安で困窮している輸入産業があることに目を向けることなく、円安と株価上昇をただ喜んでいるとしか聞こえない麻生財務大臣の発言。
  自らが率いる政権の経済・金融政策が(それを実施する前に)ただちに大成果を挙げたと安倍首相もほくそえんでいるようですが、その成果はいったい、いつまでつづくのでしょうか?
  世界との協調なしに発展しつづける一国経済というのはありえないのですから。
               *
  【円安の逆風、日本の貿易赤字が過去最大に】(2013年02月21日 中央日報日本語版)
  <今年1月に日本の貿易赤字は1兆6294億円と集計された。円基準では第2次世界大戦以後で最大、ドル基準では2番目だ><輸出が減ったからではなかった。先月の日本の輸出は1年前の同じ月より6.4%増えた。当初東京金融市場の専門家らの予想値5.6%より良かった。さらに領土紛争で苦戦する対中輸出も3%増加した><円で決済される輸入代金がそれよりも多く増えたのが禍根だった。今年1月の輸入は前年同月より7.3%増加した。予想値は2.1%の増加だった。安倍晋三首相の円安攻勢が生んだ逆風だ>