第219回 こんな文を書く記者が“言葉狩り”に走る

  テレヴィのNHKニュースで読まれる記事の文章がますますひどいものになっています。一つの文の前半と後半を論理的につないで書ける記者たちが消えてしまいました。それを正しく書き直すことができる編集者たちもいなくなっているようです。
  「一つの文の前半と後半を論理的につないで」書くことができない記者は、当然のことながら、取材先で聞いた話を論理的に受けとめることもできないだろうと考えられます。そこが大きな問題です。
  思い出してください。ある大臣による「津波から逃げなかったばか」発言。この発言を全体として受けとめれば、「津波から逃げなかったのは(みんな)ばか者だ」とあの大臣が言ったわけではないことはあまりにも明らかです。逃げなかった友人の決断を悔しがって=友人の死を惜しんで=の発言だったことは疑いありません。それを歪めて解釈し、歪めた記事にして、「津波被害者の家族などの感情を傷つけるものだ」などと発言者を追い詰めて“正義”の記事を書いたつもりになる?
  自分が書く文の前後のつながりの良し悪しが分からないということは、つまりは、ある言葉を文脈の中で正しく判断することができないということです。そんな無能な記者たちだけがあの「津波から逃げなかったばか」発言騒動を起こしたのであれば、いくらかは救われもしますが、日本全体にとって不幸なことに、あの発言者の意図に理解を示す記事を書いた第一線の記者はほとんどいなかったようです。
  いまの報道界は“言葉狩り”しかできない類の記者たちだけの世界になっているということですね。
  読まれるニュースを書き写すのでは正確さに問題が残ります。ですから、ここでは、NHKのインターネット・サイト=NEWS WEB=の“書かれた”記事を扱います。下のいくつかの悪文例を見てください。
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  まずは【バンコク 大潮迎え厳戒態勢】(10月28日 4時2分)という記事から二文。
  +++<27日はプミポン国王が入院しているバンコク中心部の病院の敷地にも川の水が入り込み、軍が土のうを積み上げて被害を最小限に抑える対応に当たっていました>
  <川の水が入り込み>と書けば(日本語には主語という概念はないという学者もいるようですが)それにつづく内容は<水が>を受けて、「救急車4台を使用不能にした」などといった、その<川の水>の浸水が<病院の敷地>でどういう害を引き起こしたか、を告げるものになるのが論理的で合理的な展開というものです。<軍が土のうを積み上げて>とつづけるためには、たとえば、「川の水が入り込んだために」となっていなければなりません。もちろん「川の水が入り込んだ、プミボン国王が入院しているバンコク中心部の病院の敷地では27日、軍が土のうを積み上げて…」あるいは「プミボン国王が入院しているバンコク市内の病院では27日、敷地内に入り込んだ水を軍が土のうを積み上げて…」という書き方もありますが、いまのNHKにはこういうふうに書くことができる記者はいないようです。
  +++<タイのインラック首相は、最悪の場合、バンコク中心部を含む地域で深さ10センチから最大1メートル50センチに達する浸水被害を受けるおそれがあるという予測を示しており、軍や警察が川沿いに要員を配置して水位の変化を監視するなど厳戒態勢をとっています>
  「予測を示して」いるのはインラック首相なのですから、これに続く個所に<軍や警察が>という(“主語”に当たる)言葉を重ねて持ってきてはいけません。ここは「…予測を示し、川沿いに要員を配置して水位の変化を監視するなどの警戒態勢をとるように、軍や警察に指示しています」とでもならなければなりません。「最悪の場合、バンコク中心部を含む地域で深さ10センチから最大1メートル50センチに達する浸水被害を受けるおそれがあるというインラック首相の予測を受けて、軍や警察が川沿いに要員を配置して…」でもいいでしょう。
  次は【トルコ地震 100時間過ぎて救出】(10月28日 12時21分)から。
  +++<トルコ東部のワン県で23日に起きた地震は、発生から5日目に入り、これまでに534人が死亡し、およそ2300人がけがをしています> 
  <地震は、発生から5日目に入り>とあれば、読者はこのあとには、たとえば「余震はほぼなくなりましたが…」などといった<地震>自体の説明があるものと“期待”します。どうしても<これまでに534人が死亡し…>とつづけたければ、「23日の地震発生以来5日目になるトルコ東部のワン県では、これまでに…」という具合に書くべきでしょう。
  <これまでに534人が死亡し、およそ2300人がけがをしています>というのもNHKに典型的な非論理的な表現です。死亡者数もけが人の数も<これまでに>“確認”されたものです。現実には、瓦礫の下などにまだ、これまでに死亡した人たち、負傷した人たちがいる可能性があります。ですから、ここは「これまでに534人の死亡と、およそ2300人の負傷が確認されています」とでも書かなければ、正しい報道をしたとはいえません。
  +++<少年は、すぐに救急車で病院に搬送され、けがはしているものの命に別状はないということです>
  <病院に搬送され>たぐらいだから<少年>は大けがをしているのかもしれないと読者は感じます。ですから、<けがはしているものの命に別状はない>のなら「病院に搬送されましたが、けがはしているものの命に別状はない…」と書くのが自然です。「(このあと)すぐに救急車で病院に搬送された少年は、けがはしているものの…」という書き方はもっと自然だといえます。
  三番目は【小沢氏裁判 石川議員改めて否認】(10月28日 12時21分)
  +++<検察官役の指定弁護士は、小沢元代表と石川議員らの日頃の関係から、小沢元代表に無断で行動できなかったはずだと主張していて、指定弁護士が小沢元代表の自宅での生活について質問すると、石川議員は「小沢先生からは日頃から節約を心がけるように言われ、コピー用紙は裏紙を使うよう指示されていた」などと述べました>
  これは最悪の文だといえます。<検察官役の指定弁護士は…と主張していて、指定弁護士が小沢元代表の自宅での生活について質問すると…>ですって?どんな歪んだ頭があるとこんな歪んだ文が書けるのでしょうか?こんんなふうに醜く<指定弁護士>(“主語”に当たる)を重ねる理由はまったくありません。ここは、どう考えてみても「小沢元代表と石川議員らの日頃の関係から、小沢元代表に無断で行動できなかったはずだ、と主張している検察官役の指定弁護士が小沢元代表の自宅での生活について質問すると、石川議員は…」と、一方の<指定弁護士>を外して書けばすっきりするところです。
          +
  いまのNHKニュースには“書き方上の大問題”があります。
  上にあげ記事文の前半の終わり方、後半へのつなぎ方を見てください。
  「川の水が入り込み」「予測を示しており」「5日目に入り」「病院に搬送され」「主張していて
  つまりは、「川の水が入り込んだために」でも、「予測を示したことを受けて」でも、「5日目に入った時点で判明しているところでは」でも、「病院に搬送されはしましたが」でも、「主張したあと」(小沢元代表の自宅での生活について質問すると)でもないのです。すべてが、文の前半をその締めくくりにどうつなぐかを考えないで、大雑把に書かれたものなのです。
  こんな書き方しか知らない記者にまともな取材ができるはずはありません。まともな取材ができない記者にできることは“言葉狩り”ぐらいしかないのかもしれません。
  NHKは、いえ、報道界は自省すべきです。危機感を抱くべきです。記者の能力を上げるために最大限の努力をしなければなりません。