第144回 “悪語”が日本人を愚かにする…

  単語“注目”について再び日本放送協会NHK)への苦情を書きます。
  NHKでアナウンサーが読むニュース・情報などの原稿を書いているのはいったいどういう人たちなのでしょうか?国語教育をまともに受けるか、あるいは、国語力を自分で十分に研いた人たちなのでしょうか?
  この人たちは、そもそも、良い日本語を使いたい、守りたいと一度でも考えたことがあるのでしょうか?
  
  たとえば、いまNHKで流行中の「(この春は)XXが“注目”です」「(この春の)“注目”はXX!」というような表現はどんな日本語環境の中で育った人の頭から生まれてくるのでしょう?
  いえ、「(この春は)XXが“注目”」「(この春の)“注目”はXX!」は雑誌の見出しとしてなら受け入れてもいいのですよ。
  ですが、<XXが“注目”><“注目”はXX>は、NHKのニュース・アナウンサーやナレイターが口にする言葉としては“最悪”というだけではすまずに、“醜悪”の域にも達している、とつけ足さなければなりません。

  なぜといって…。
  第一に、これではいったい<だれ>が“注目”するのか、“注目”しなければならないのかが分かりません。<いつ、どこで、だれが、なにを、どうする>などといったニュースの原則的な要素のうちの<だれ>をすっかり無視して、結果として<XXに“注目”しろ>とNHKの意思を押しつけています。
  …伝える事柄に品格や信頼性を保つために、NHKのニュース・アナウンサーは、このような、情緒が主導する、扇動的な言葉づかいをできるだけ避けなければならないというのに。
  第二に、こんな表現が普通になされるようになると…
  1.(地元の人たちが)XXに注目しています
  2.XXは(都会に憧れる若者たちに)注目されています
  などといった本来の言い方がすべてニュース・情報番組から消えてしまうことになります。日本語がいたずらに劣化、萎縮してしまいます。日本語の表現から、幅と豊かさ、整合性が失われてしまいます。
  そういうものが失われるということは、つまりは、日本人の思考能力がそれだけ衰えることを意味します。NHKはいま、率先して日本語を貧弱にし、日本人の頭を中身が薄い、単純なものにしているのです。
  許しがたい“悪行”“愚行”だと言えます。

  もう一点。
  NHKがここ数年間にすこぶる好きになった(つまりは、目に、ではなく“耳にあまる”ほど頻繁に使う)表現に「注目を集める」「注目が集まる」というのがあります。手元にある「現代国語例解辞典」(第二版)には、「注目」につづく動詞として「集める」「集まる」の用例は載ってさえいないというのに。
  この辞典の“注目”の説明は「注意してよく見ること」「関心をもって見守ること」となっています。すると、「注目を集める」「注目が集まる」は<…注意して見ること>を集める?<…関心をもって見守ること>が集まる?
  落ち着きのない言葉づかいだと思いませんか?

  “注目”には<注ぐ>という動詞がこの単語の造りに大きく関わっています。「注目を集める」に落ち着きがないのは、<注ぐ>と<集める>という似た意味を持つ二つの動詞が重複して絡んでいるからです(<注目を“浴びる”>も同様に落ち着きが悪い響きを持っています。<(熱い)視線を浴びる>などの言い方の方が自然だと思います)。

  「注目を集める」「注目が集まる」にはそのほかにも大きな問題があります。
  この言い方を多用するようになってから、NHKのニュース・情報番組から事実上消えてしまった単語があるのです。「関心」と「興味」です。「関心が増す」「関心が高まる」「興味が湧く」「興味を引く」などとった表現が事実上使われなくなっているのです。
  “注目”という“悪語”が「関心」や「興味」といった“良語”を駆逐しているわけです。日本語をそれだけ貧相にしているのです。

  日本語から多様な言い方がなくなってしまうと…。
  ここでも同じこと。日本人の思考に幅や深さがなくなってしまいます。日本人は単純な言葉しか使えない、短絡的な頭脳の持ち主になってしまいます。
  そこのところをNHKは考えてください。放送で使う日本語を貧相にして日本人の頭脳まで劣化させるのはやめてください。
  NHKは、ニュース・情報番組などの原稿を書くスタッフへの教育を正しいものにしてください。日本人に範を垂れるような正しく美しい日本語が常に使えるように、その人たちを育ててください。

  まさか…
  NHKは日本語を貧相で醜悪にすることで、日本人の頭脳を意図的に衰弱させようとしているのではないでしょうね?

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  ところで、次の文を見てください。
  <世界初の定期航空は1914年に米国で誕生した。2人乗りの1人がパイロットで、1人が乗客だった。片道20分ほどの飛行は人気だったが、客が1人では採算がとれず、4カ月で営業停止になったそうだ(『飛行機は世界を変えた』岩波書店)>
  朝日新聞(2010年1月10日)の<天声人語>の書き出し部分です。
  「片道20分ほどの飛行は人気だった」?「人気」とだけ書いて<人気が高かった><高い人気を集めていた>などと言おうとしているのです(スポーツ選手が「“結果”を出す」というときに、実は、<悪い結果>は頭になくて、<良い結果><納得できる結果><悔いが残らない結果>などといったことを意味しているのと同様の、底が浅い省略用法ですね)。
  「(この春は)XXが“注目”です」「(この春の)“注目”はXX!」というような(見出しもどきの)表現がいまほど当たり前になると、(大学の入学試験で使われることがある、名文が多いと信じられている、あの)<天声人語>までが「飛行は人気だった」などという愚かで手抜きされた言葉づかいをするようになるという例です。
  どうです?“悪語”にはこんな恐ろしい力が現実にあるのです。

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  下は、これまでに書いた、言葉に関するエッセイのリストです。

  第111回  日本語の劣化をNHKが進めている!
    http://d.hatena.ne.jp/kugen/20090224/1235459928

  第108回  日本のジョシはあまりにも虐げられている!
    http://d.hatena.ne.jp/kugen/20090125/1232849380

  第99回 お願いです こんな言葉づかいはやめてください
    http://d.hatena.ne.jp/kugen/20081109/1226213052

  第94回 「野良犬に餌をアゲテオラレル老恩師」?
    http://a20e.at.infoseek.co.jp/wssa-essay94.html

  第89回 <苦言熟考> ほとんど“死語”になった「叱る」「叱られる」
    http://d.hatena.ne.jp/kugen/20081109/1226211717

  第75回 「…たらいいと思う」はだらしない!
    http://a20e.at.infoseek.co.jp/wssa-essay75.html

  第70回 注目が“集まる”は変ではありませんか
    http://d.hatena.ne.jp/kugen/20081109/1226210458

  第38回 その“かな”はやはり「変じゃない“かな”」?
    http://a20e.at.infoseek.co.jp/wssa-essay38.html

  第4回  その「は」はすごく変ですよ
    http://a20e.at.infoseek.co.jp/wssa-essay04.html

  再掲載  こんな言い方は耳障りですよ
    http://d.hatena.ne.jp/kugen/20081107/1226037536