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「(略)言葉と行動に限って下さい(略)」(P.145)
検察官グリグリアはクレアへの尋問をつづけていますが、この証人は思い入れたっぷりの言葉や身振りを証言に混ぜてしまう傾向があります。あとで死体となって発見されたネッドと交わした会話についてクレアは「でも普通の会話の口調じゃなかった、わかる?やさしく囁くように話したの」と<裁判官コリノの警告にもかかわらず、…その時の口調になって>いました。「異議あり」とライアンが言います。裁判官コリノは異議を認めて検察官に伝えます。「言葉と行動に限って下さい」
英語ではただ<Words and actions>です。
アメリカの法廷では、証人の発言に対して検察官または弁護人が「それは<hearsay>だ」と異議を申し立てることが多いようです。
この小説の中でも、たとえば、下巻の132ペイジにその場面があります。検察官が証人に<どんな言葉を彼は使いましたか>と尋ねます。ライアンは立ち上がり、「異議あり、裁判官。Hearsay」と言います。
<Hearsay Rule>というのは<limiting testimony about
things said out of court by someone else>というものだと数行あとに説明されています。
<法廷外で誰かが話した事柄についての証言を制限する規則>です。
「リーダーズ英和辞典」(研究社)には<hearsay evidence>「伝聞証拠」という言葉も載っています。
さて、上のライアンの異議を見てください。
ただ<Hearsay>と言っているだけです。法廷では当然、それですべてが通じるわけですね。<いまの証言は〔伝聞に関する規則〕に反している>(第三者による法廷外での発言について尋ねている)という異議なのです。
では<Words and actions>は?
ここでも「いまの証言は〔発言と動作に関する規則〕に反している」という意味だと考えるのが妥当でしょう。「言葉と行動に限って下さい」と裁判官が言ったのではありません。
この〔発言と動作に関する規則〕というのは、文脈から判断すれば<証人は動作で示しながら言葉を発してはならない><証人は言葉を発しながら動作を示してはならない>というような内容だと思われます。
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敵意を持つ証人(P.156)
英語は<a hostile witness>です。
「リーダーズ英和辞典」(研究社)に「(法)〔自分を呼んだ側に不利な証言をする〕敵意を持つ証人」と説明されています。
つまり、たとえば、被告に有利な証言が期待できるとして弁護側が呼んだ証人が(事前の相互了解に反して、あるいは、検察側の誘導に乗って)検察側に有利な証言を始めた場合、弁護人はこの証人を<敵対的証人>として扱う許可を裁判官からもらい、その証言の不備を突いたり、証人の信用性に疑問を投げかける類の尋問をすることができるわけです。
同様の状況になれば、検察側も検察側証人を<敵対的証人>として扱うことが許されます。本来は、検察官にしろ弁護人にしろ、自分が呼んだ証人をそういうふうに扱ってはならないことになっているようです。
小説のこの場面でなぜ<敵対的証人>について検察官グリグリアと弁護人ミラーが意見を戦わせることになっているかというと、検察側証人として出廷しているティナ・クレアという女性に彼女自身のボーイフレンドのことなどを話させながら、弁護人ミラーが被告人ジェニファーに有利な証言を引き出そうとしている、とグリグリアが疑ったからのようです。
弁護人ミラーは本来は、検察側証人クレアの証言内容の不備を突くことはできても、被告人に有利な証言を導き出すことは許されていない、ということのようです。導き出すにはクレアを弁側証人として証言させなければならない、とグリグリアは主張しています。
訳文ではグリグリアがこう訴えます。「裁判長、弁護側は反対尋問で、たとえこの審理と関わりがあるにしても、それは弁護側の方の主張の一部であるべきものを、今持ち出そうとしています。もっとも弁護側がミズ・クレアを自分側の証人に望む場合ですが」
分かりますか?上の訳が?
わたしの訳はたとえばこうなります。「裁判官、弁護側は、弁護側の直接尋問で問題にするべき事柄を反対尋問に持ち込もうとしています。たとえ、この法廷でその内容が語られることが許されるとしても、弁護側がミズ・クレアを自分側の証人とするのでなければ、そういった尋問は許されません」
英文は
”Your honor, the defense is trying to bring in on
cross-examination material which, if it belongs in this
courtroom at all, is part of the defense’s direct case.
Unless the defense wants to make Ms. Claire its own witness.”
です。
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「てっとりばやく忘れられるからね」(P.208)
ある夜、ミラーとライアンは食事に出かけます、ライアンが選んだレストランは「騒がしい若い客とそれに輪をかけてやかましい音楽で賑わうメキシコ風料理店」でした。「あなたがこんな店をお好きだとは知らなかったわ」と言ったミラーにライアンが応えます。
<Instant oblivion>
訳文は「てっとりばやく忘れられるからね」です。ライアンは何を忘れたかったのでしょうか?
<oblivion>には<忘れること>から<世に忘れられている状態>までの意味があります(「リーダーズ英和辞典」研究社)。
ミラーが最初に提案したのはライアンの行きつけの店でした。その案を拒否して、彼が(彼には似合わない)ここを選んだのはなぜでしょうか?ここの文脈からは、顔見知りなどに出会いたくなかったからとしか考えられません。すると?
<Instant oblivion>は<簡単に一人っきりになれる場所だからね、ここは>あるいは<入ってしまうと、誰にも煩わされることがないからね、この店では>というような意味でしょう。
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「アイルランドの勇気が必要なの」(P.209)
上のレストランでの食事のあと、ライアンとミラーは彼のアパートで法廷戦術を練ることにします。建物の前で待ち構えていた記者たちに「ノー・コメント」と言ってアパートに入ったあと、何が飲みたいかと尋ねられた(はずの)ミラーが訳文では 「Irish courage」と答えます。「あなたのことを話したいから」だということです。
ですが…
They no-commented the reporters. Miller surprised him
when they got upstairs by asking for a drink. “Irish
courage,’” she said. “I want to talk about you.”
英文を読むと
<by asking for a drink>からは<a drink>が<Irish
courage>と呼ばれているように読めますね。
アイリッシュ・コーフィーというとウィスキー入りです。
<Irish courage>というのは<courage>が大文字ではじまっていませんから固有名詞(ブランド・ネイム)ではないことが分かりますが、やはり、(強い)アルコールのことを指しているのではないでしょうか?
「アイルランドの勇気が必要なの」ではなく「アイルランドの(強い)カクテルを飲んで勇気をつけようというわけです」という訳ではどうでしょう?
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<a virtual certainly>(P.368)
ペイパーバック「RESONABLE DOUBT」の原文に誤植はないのか?
あります。たとえば、368ペイジの<a virtual certainly>の<certainly>は冠詞<a>がついていますから副詞<certainly>ではなくて、名詞<certainty>でなくてはなりません。
その数行前に出てくる<a moral certainty>と対応していることからも分かります。
その<a moral certainty>というのは「まず間違いないと思われること、強い確信、蓋然的確実性」のことだそうです(「リーダーズ英和辞典」研究社)。
すると、<a virtual certainty>というのは<事実上確かだと思われること>というような意味になりますね。
この小説のこの部分では、法廷で<情況証拠>をどう解釈すべきかが論じられています。訳がちょっと厄介なところです。…触れないでおきます。
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「代替品みたいな顔をしないで、ライアン」(P.350)
英語は<Don’t look a loaner in the mouth, Ryan.>です。
ライアンはミラーのアパートに来ています。ベッドに入る時間になりました。絹製だと思えるネイヴィーブルーのパジャマをミラーがクローゼットから出してきました。ライアンの「兄弟のうちの誰かの?」という問いへのミラーの答えが<Don’t look a loaner in
the mouth, Ryan.>です。
ここの<in the mouth>については、正直に言いますと、
“Sure. Verbal. We asked for papers. He kept saying,
they’re on the way.” Karl’s mouth twisted as if he
was going to spit. “Sure, the papers are on the way.
Like, your check is in the mail, and I won’t come in
your mouth.” <019>
の<come in your mouth>の場合とおなじように、意味がすっきりとは分かりません。
<loaner>というのは<カネの貸し付け人>。一方<I won’t
come in your mouth.>の<I>は<書類(小切手)を届けることになっている人物>を指していると思われます。
その共通点から推察すると
<in you mouth><in the mouth>の<mouth>は<〜に都合がいいように>というような意味あいを持っているようです。
すると、全体としては「(カネを貸してくれる人があなたのところにそのカネを持ってきてくれるというような話=あなた用のパジャマが用意してあるというような)やたらと都合がいい話はないんですよ、ライアン先生」というような訳がいいでしょうかね。
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「(略)おれがプロだと信用させるのにえらく骨を折ったが(略)」(P.371)
殺された息子ネッドの生前のカネの動きを調べている弁護士ライアンたちは、雇っている調査員ロレンスの話を聞いています。彼は、大掛かりな麻薬事件を捜査するために新たに構成された組織に探りを入れた(I put out a feeler a while ago)ことを伝えたあと
Cost me every ounce of professional credit I had left, …
とつけ足します。それが上の訳になっています。(PB P.394)
訳者は<I put out a feeler>を「情報屋を入れた」としていますが、この捜査機関にそんな人物を<入れる>ことができるかどうか?ここは、機関内のさまざまな捜査官に尋ねまくった、という意味だと思われます。
そうしているあいだに、昔からの友人、知人だったその捜査官たちに、探りの動機を疑われたり、<今回限りだぞ>と言われたりして、プロの探偵としての仕事が今後やりにくくなったようだ、というのが
<Cost me every ounce of professional credit I had left>
でいわれていることです。
<(探りを入れているあいだに)俺に残っていたプロとしての信用を全部使い果たさなければならなかったけど…>というような訳がいいでしょう。
文庫本の訳には「おれがプロだと信用させるのに」とありますが、ロレンスは<誰>に<何>のプロだと信用させたかったというのでしょう。
ロレンスは、ライアンが昔連邦司法省の検事だったころにはFBI捜査官でした。二人は一緒に仕事をしていたのです(上 P.137)。その当時からのコネをロレンスは使ったのです。相手はみんなロレンスがその道のプロだと知っていたはずです。
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「翻訳で遊ぼう」は今度こそ<ここで終了>です。
おかしな訳、明らかな誤訳はもうない、というわけではありませんが、ここまでで十分でしょう。
英語が好きな人にはいくらか楽しんでいただけたのではないかと感じています。