またまた再掲載 【第32回 今回は「英語であそぼう!」上級篇!!】

  ああ<上級篇!!>などと、ずいぶん大きな看板を上げてしまいました。

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  今回も材料として<エッセイ31>と同じく「合理的な疑い」フィリップ・フリードマン(延原泰子訳・ハヤカワ文庫)と「REASONABLE DOUBT」Philip Friedman (IVY Book)の二冊 を使わせてもらいます。

  まず、下の日本語訳から見てください。ここでは、弁護士ライアンは、殺された自分の息子―ネッド―が、組織犯罪グループから出ているカネを自分のビジネスを通して“洗浄”してやって不当に稼いでいたのではないか、さらには、その過程でそのグループを怒らせるような何かをして殺されたという可能性もあるのではないか、と考えています。

  「これをもう少し徹底して追求してみるべきだな。金を追え、と必ず言ったものだ…よし、ネッドが資金を洗浄しており、トンネルの先で金を受け取る方法を見つけたと仮定しよう」

  分かりますか?この日本語が?「トンネルの先で金を受け取る方法」ってどういうのでしょう?こういう具合にわけの分からないことが書いてあったら、そこは誤訳されていると思って間違いありません。

  その部分の原文はこうです。ライアンが言います。

  “We have to push this harder. Follow the money, we always used to say…Okay, let’s assume Ned was laundering money and find a way to get at it from the other end.”

  <the other end>とはありますが<トンネル>という単語は見当たりません。想像力を最大限に発揮して<the other end>(向こうの端)から「トンネル」を思いついたのでしょうが、想像力をこういうふうにアクロバットか手品のように翻訳者が使っているときは―わたし自身の苦い経験からいうと―その訳はほとんど間違っています。

  ええ、やはり、ここでも間違っているわけです。

  どこで間違いが起こったか分かりますか?英文を見てください。<Ned was laundering>は<過去進行形>ですね。では「金を受け取る方法を見つけた」の「見つけた」は?

  あれ、変ですね。<find>となっていて、過去形の<found>ではありませんね。時制が一致していませんね。

  翻訳者はここの違いに気づいていません。なぜ<find>なのでしょう?

  さあ、「上級篇」に入ります。

  そうなのです!ここが<found>ではなくて<find>なのは、この単語が<assume>と並んで<let’s>を受けているからなのです。ライアンは<let’s find>と言っているのです。<find>の主語はネッドではないのです。

  ですから、ここの訳は、たとえば、「ネッドが資金を洗浄していると仮定したうえで、僕らは <反対側>からそのカネの動きにたどりつける道を見つけようじゃないか」とでもなるべきです。<反対側>というのは<カネの出どころ>とライアンが疑っている<組織犯罪グループ>を指しているわけです。

  そのことは、この言葉のすぐあとに、いっしょに仕事をしている弁護士ミラーに向かってライアンが「君の事務所には麻薬を扱っている顧客もいるのではないかな」と(皮肉とも聞こえる)質問をして(ミラーを不快にさせて)いることからも察することができます。

  いやいや、ここでは戯れに「上級!!」とうたいましたが、プロの翻訳者がこのような簡単な文法上の間違いを犯していけません。間違いで読者を混乱させ<読書なんて面白くない>と感じさせてはなりません。

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  「中級」で、もう少しだけ遊んでみますか?

  ネッド殺人事件で、ついに公判の初日の朝がやって来ました。ところが、精神的に追い詰められてしまった弁護士ライアンはその前夜にひどい深酒をしてしまい、法廷に立つどころか自宅から出ることもできない状態になっています。裁判開始が遅れたことが面白くない判事の<医者による診断書を出せ>という要求に応じるために、ジェニファーの共同弁護人であるミラーが知人の医者を呼びました。

  それからこういう話になります。

  「判事は一日延期するについて、条件を一つ出しました。医師の診断書が必要なんですって。児童の欠席みたいに。ミッキイはインフルエンザのため今日は法廷を欠席します」ミラーは軽蔑しきったように言った。

  特にといって分かりにくいところはない訳ですよね。

  ところが…。「ミッキイ」がいけません。原文では実は<Mikey>(マイキイ)となっているのです。<Mikey can’t come to court today because he has flu.>

  ライアンのファースト・ネイムは<マイケル>(Michael)です。その愛称は<マイク>(Mike)。そして、そのマイクが子供のころに(愛情をこめて)<マイキイ>と呼ばれる(ことがある)わけです。<マイケルちゃん>という感じでしょうか。

  息子のネッドに子が、つまり自分に孫ができるかもしれないという年齢のライアンに向かってミラーが「マイケルちゃんは流感のため今日は法廷を欠席するの」と言ったのだったら、それは、なるほど「軽蔑しきった」ように聞こえたかもしれません。

  <ミッキイ>では間が抜けています。的外れです。

  <マイキイ>を<ミッキイ>に勝手に変える…。こんな程度でも、自分の都合のいいように原文を変えてから翻訳するというのは倫理違反ではないでしょうか?

  何もそこまでいわなくても?単純な間違いかもしれないじゃない?

いえ、この翻訳本には、勝手に変えたと思える個所がほかにもあるのですよ。そのことについては、また別の機会に…。

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