再掲載:2011-10-14   第217回  「美しすぎる」で“勇み足”した大記者

  「ロサンジェルス・タイムス」のスポーツ記者、ジム・マーレイ(1919年〜1998年)氏が書いたコラム記事をほとんど欠かすことなく読んだのは1987年の夏から10年間ほどのことでした。

  プロとして1961年にスポーツ記事を書き始めたというマーレイ氏は、その1987年の段階で、スポーツ記者としての名声をすでに確立した、いわゆる“LEGEND”でした。一週間に二度あるいは三度のペイスで書かれるコラム記事は、スポーツ欄の重要な位置を占めるのが常であっただけではなく、たまには、新聞全体の第一面の花形コラムとして扱われることもありました。なにしろ、新聞界の最高の賞であるピューリッツァー・プライズを授与されているわずか四人のスポーツ記者の中の一人なのですからね、マーレイ記者の記事内容に賛同するものであれ、異論を唱えるものであれ、スポーツ投書欄に寄せられる読者からの便りには必ず何らかの形で敬意が含まれていたものです。
  いやいや、ほんとうに、マーレイ記者の記事には風格がありました。スポーツ界にとどまらず、アメリカの政治、歴史、社会などに関する豊富な知識と深い洞察がその記事を実に内容豊かなものにしていたのです。
  …というのは体裁をつけ過ぎた言い方で、こちらの知識不足のせいで、書かれていることが理解できないことがしばしばあったというのが本当のところです。ロサンジェルスで1931年から1992年まで発行されていた日系新聞「加州毎日」で1990年前後に編集長として働いていた人で、おじに招かれて、太平洋戦争開戦前にはもうアメリカに移住していた一世、菊永という老新聞人に何度か「ジム・マーレイの書くことは難しすぎて、あまり理解できませんね、正直なところ」という具合に話しかけられたことがありました。在米50年に近かった菊永編集長がそう言うのですからね、記者・論説員歴2年程度で、英語力を増すための教材としてもマーレイ記者の記事を読ませてもらっていたわたしの応答は、当然のことながら、「ええ、まったく!」というものでした。
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  アメリカの女子テニス界の“LEGEND”の一人、クリス・エヴァートは、フレンチ・オープンでの7回を含めて、四大大会(全豪・全仏・ウィンブルドン・全米)のシングルス優勝回数18のほかにも、生涯シングルス優勝数154などの数々の記録を誇る、1970年代を中心に世界中で活躍したアメリカのスポーツ・ヒーローの一人です。そのエヴァートが1989年に35歳で現役を退きました。
  スポーツ記者、マーレイ氏がエヴァートの引退を記念する−−惜しむ−−ねぎらう−−長文の記事を書きました。
  マーレイ記者はエヴァートの“長所・美点”をほめたつもりだったはずですよ。でも、ほめたつもりで、ある個所に(大雑把に日本語に訳していうと)こんなふうに書いてしまったのです。「エヴァートはテニスの才能に恵まれていただけではなく、テニス・プレイヤーにはもったいない、ダンサーにしたいほどの美しい脚も持っていた」
  さあ、これを受けて、読者たちが抗議のレターを「ロサンジェルス・タイムス」に送り始めました。「<テニス・プレイヤーにはもったいない>というのはどういう意味だ?テニス・プレイヤーは“美しい脚”を持ってはいけないのか?」「そもそも、テニス・プレイヤーが評価されるべきところはテニスの才能であって、脚の美しさがどうのこうのと言うのはスポーツ記者の仕事ではないはずだ」
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  自分が書いた記事についてこんなふうに抗議されたことがそれ以前にマーレイ記者にあったかどうか、また、この記事を読んで不快に思った読者たちにマーレイ記者が謝罪したかどうかにについては、残念ながら、記憶がありません。
  ただ、「そうか、アメリカ人というのは、差別や偏見というものにこんなふうに敏感なのだな」と感じ入ったことはよく覚えています。
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  ところで、日本ではこのところ、「美しすぎる」と誰かを評することがおおいに流行しているようですね。もちろん、ここでも、その誰かをほめてのことのようですが…。
  たとえば<<美しすぎる女子スポーツ選手>>というサイトがあります(http://matome.naver.jp/odai/2125135605287329725?&page=1)。そこに挙げられている“美しすぎるスポーツ選手”を、一つのスポーツ・ジャンルから一人ずつ紹介しますと…。
  ・浅尾 美和(プロビーチバレー) ・上村愛子(女子モーグル) ・浅井未来(プロウェイクボード) ・潮田玲子(バドミントン) ・湯田友美(陸上) ・森彩奈江(プロボウリング) ・江辺香織(ビリヤード) ・片岡安祐美(野球) ・木村沙織(バレーボール) ・岩田聖子(ライフル射撃) ・四元奈生美(卓球) ・本橋麻里カーリング) ・安藤梢(サッカー) ・小林由佳(空手) ・小平奈緒(スピードスケート) ・岡田敦子(キックボクシング) ・藤森由香スノーボード クロス) ・山本美憂レスリング) ・野瀬瞳(水泳) ・松井千夏(スカッシュ) ・戸谷夏子(プロゴルフ) ・原田早穂(シンクロナイズド・スイミング) ・瀬間詠里花(テニス) ・庄司理紗フィギュアスケート) ・飯端美樹(BMXレース) ・夏見円クロスカントリースキー)   
  どうです?日本は「美しすぎる」スポーツ選手だらけのようですね。いや、インターネット上には市議や獣医、海女、車掌にも「美しすぎる」女性がいるとも紹介されています。
  つまり、日本ではだれも「“美しすぎる”とは何事だ?」「スポーツ選手(や市議、獣医、海女、車掌)が美しくてはいけないのか?」「スポーツ選手(や市議、獣医、海女、車掌)はブスでなければならないというのか?」「そもそも、“美しすぎる”なんとかかんとかが女だけを対象にしていて、だれも男をそう呼ばないのは、女をまるで商品か何かのように見ているからではないのか?」などと抗議の声をあげない、ということですね。
  なぜなのでしょう?アメリカ人と比べれば、差別や偏見を減らそう、そういうものと闘おうという思いが、やはり、日本人には薄いのでしょうか?
  マーレイ記者の“受難”を見たことがある身には、そのことがいささか奇妙に思えてなりません。