再掲載 第224回 再び 再び “悪文”について

  日本人の頭脳はどうなってしまったのでしょうかね?
  まっとうな日本語を書くことができる報道機関がなくなってしまったようです。書いている記事が変だと感じるだけの知性を持たない報道機関だらけに日本はなっています。「苦言熟考」の第223回でも指摘したNHKだけがそうなのではありません。
  最大の問題は、報道機関が発信しつづけるさまざまな“悪文”を、疑念を抱くことなく読んでいるうちに、日本人全体の頭脳が整合性を欠くものになってしまう=日本人には論理的な思考ができなくなってしまう、いや、もう、そうなってしまっている、というところにあります。
  政治家や官僚たちの最近の低次元発言を思い出してください。自分が何を言うべきか、何を言ってはならないかを深く考える前に口を開く者が後を絶ちません。建設的な対案を提示しないで相手の論を非難するだけの無責任な人間が大きな顔でのさばっています。
  何が正しいかについて深く考えない“悪文思考”が世の中の主流を占めるようにさえなっているのです。すこぶる危険な事態です。
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  自分が何をどう書くかを十分には考えないうちに文を書き始めるとこうなる、という例を下にいくつか挙げます。念のために付言しておきますと、報道機関が発信するニュースの中にこの手の“悪文”を見つけるのは実に簡単です。“悪文”はほとんどどこででも、いくらでも見られます。
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  【毛皮の販売はNO! 米の市議会、条例可決 全米で初】(朝日 2011年11月25日1時36分)
  <米ウェストハリウッド市議会、毛皮の衣料品販売を禁じる条例を可決した。全米でも初めてだといい、2013年9月に施行する
  気持ちよく読めましたか?<全米でも初めてだといい、2013年に施行する>ですって?他人に読んでもらう文章を書いたことがない者同士の日常会話でですらこんな醜い言い方はしませんよね。
  なぜ「米ウェストハリウッド市議会が(X月X日)、全米で初めて、毛皮の衣料品販売を禁じる条例を可決した」ではいけないのでしょうか?<全米でも初めてだといい>というのなら、いったいだれがそう言っているのです?ほんとうに<初めて>なのですか?はっきりさせるべきではありませんか?それが明確にできないのだったのなら、せめて「全米でも初めてだと見られている」ぐらいにしておくべきだったのでは?
  こう書き換えてみてはどうでしょう?「米ウェストハリウッド市議会(X月X日に)、毛皮の衣料品販売を禁じる条例が可決された。2013年9月に施行される。(同市議会によると)この種の条例が可決されたのは全米で初めて」。ふた昔前の記者たちはほとんどがこんなふうに書いていたはずです。
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  【ソフトバンク、韓国・サムスンに9―0 アジアシリーズ】(朝日 2011年11月26日18時36分)
  <日本、韓国、台湾、豪州の各プロ野球リーグ王者で争うアジアシリーズ26日、台中(台湾)で1次リーグがありソフトバンク(日本)サムスン(韓国)に9―0で勝ち、2連勝とした>
  いま日本中に蔓延している、“あり”“おり”“いて”などで安易に文をつなぐという悪弊の典型的な例ですね。こういった言葉の前後で、意味するところがうまくつながっていない、というのがその特徴です。
  <アジアシリーズ26日、…1次リーグがあり>という部分の稚拙さは問わないことにして言いますと、意味の上では、<1次リーグがあり>とあれば、その<1次リーグ>自体についての説明がなければ文全体が落ち着きません。たとえば「1次リーグがあり、主催者の予想を大きく超えて2万人の観衆が試合を楽しんだ」などといったふうに…。この文中で最初に想定されている“主語”<1次リーグ>にいきなり新たな“主語”(ここではソフトバンク)を重ねるのは間違いです。文全体の“主語”の地位を<ソフトバンク>に与えたいのなら、たとえば、「台湾の台中市で開催されている、日本、韓国、台湾、豪州の各プロ野球リーグ王者で争うアジアシリーズの1次リーグ26日、(XXとの第1戦にX対Xで勝利していた)ソフトバンク(日本)サムスン(韓国)に9−0で勝ち、通算成績を2勝とした」などといった書き方にならなければなりません。
  ちなみに<テニスの全日本選手権最終日13日、東京・有明テニスの森公園で男子シングルス決勝が行われ、第3シードの守屋宏紀5―7、7―6、6―2で第1シードの伊藤竜馬を破り、初優勝した>(出所失念)も同様の“悪文”です。「東京・有明テニスの森公園で13日に行われた全日本選手権男子シングルス決勝戦、第3シードの守屋宏紀…」と直せば読みやすくなります。
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  【小沢グループ議員、続々造反…原子力協定採決で】(2011年12月7日00時34分 読売新聞)
  <造反者には小沢一郎元代表グループの当選1回の議員が目立ち平野博文国会対策委員長は6日の記者会見で造反者の処分を検討するとした>
  ひどい、正真正銘の悪文です。ここでは<目立ち>というつなぎ方が問題の元凶となっています。<当選1回の議員が目立ち>と書いたあとには、当然のことながら、<当選1回の議員>についての説明、記述がなければ、整合性がある文が成り立ちません。それをしなかったために、ここでは、目立ったことが<処分を検討する>原因であるかのように書かれてしまっています。
  「小沢一郎元代表グループ(内)の当選1回の議員が目立った造反者について平野博文国会対策委員長6日の記者会見で<処分を検討する>と語った」とでもする方がうんと自然だと思いませんか?
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  悪文は粗雑な思考の元になります。
  悪文に慣れきってしまうと、自分がどんなに愚かなことを言っても、それに気づかなくなりますし、他人が間違ったことをいっているのに、それに気づかなくなります。人間が無責任になってしまいます。
  悪文は日本を無責任で非生産的な国にしてしまいます。
  たかが一つの文の前半と後半を論理的につなげない頭で、たとえば、国政がちゃんと論じられると思いますか?日本の深刻な財政危機や少子高齢化、環太平洋戦略的経済連携協(TTP)などについてまともな思考ができると思いますか?